当サイト内のおでかけ情報に関して

 

新型コロナウイルスの感染拡大防止のため、施設によって営業時間の変更や休業の可能性があります。おでかけの際には公式HPでご確認ください。また、事前にお住まいの地域やお出かけ先の情報を確認し、ご計画をお願いいたします。

北極冒険家 荻田氏に聞いた人生のカエかた ~「北極圏を目指す冒険ウォーク2019」事前合宿訪問記 前編~

「北極圏を目指す冒険ウォーク2019」事前合宿訪問記イメージ

地球は北極と南極というふたつの極点を結ぶ軸を中心に自転している。これら極点がある地域は自然環境が厳しく、人を寄せ付けないような場所でもあるが、自転の中心という地球のなかでも特別な場所だけに、その魅力に惹かれ極圏を目指す冒険家もいる。そのひとりが荻田 泰永(おぎた やすなが)さんである。

荻田泰永さん
荻田 泰永さん
北極圏を中心にした単独歩行による冒険を2000年から続けていて、2017年までの冒険回数は計15回にわたり、北極圏で歩いた距離は約1万キロという日本では唯一の北極冒険家である。また、2017年11月~2018年1月には南極点無補給単独徒歩到達に成功。多くのメディアに取り上げられ「冒険家・荻田泰永」の名前は広く知られるものとなった。

 

未来を担う小学生との冒険旅「100miles Adventure」

そんな荻田さんは2012年から毎年夏休みの時期に小学6年生の子供たちと100マイル(約160km)を踏破する「100miles Adventure」という冒険旅も主宰している。

この旅は本当にやる気のある人だけに来てほしいということから事前告知はしていない。

毎回、募集が始まるとすぐに枠が埋まってしまうので、常にアンテナを張ってホームページをチェックし「そのとき」を待つ。

そして募集開始をキャッチするが、ここで迷ったり、この時点から親御さんに相談していたのでは間に合わない。あっという間に定員に達してしまうからだ。

あらかじめ意志を固め、親御さんから承諾をもらっておくという、やる気120%の状態でエントリーボタンを押すのである。

 

スタート地点で始めて顔を合わせる子供たち。最初はギクシャクした関係だが、そこは自分の意志で参加してきた芯のある子供たちだ。一緒に歩き、寝起きをともにしていくうちに連帯感が芽ばえ、集団のなかで個人がどうしていくべきかも自発的に考えて行動するようになる。

そして11日間歩ききった後は皆とてもたくましく、そして素敵な仲間になっている。

 

この「100miles Adventure」にはホンダアクセスも協力していて、2017年からは2台のステップワゴン Modulo Xをサポートカーとして提供。また、メディアへこの旅の取材依頼なども行っている。こうして微力ながら子供たち、そして荻田さんの旅を応援しているのだ。

 

新たな試み。若者たちと北極圏の徒歩行に挑む

若者たちと北極圏の徒歩行に挑む荻田さん

さて、荻田さんはある日、「100miles Adventure」の終了報告を兼ねホンダアクセスを訪れた時、新たな試みの話をしてくれた。それが「北極圏を目指す冒険ウォーク2019」である。

これまで荻田さんは主に単独徒歩による冒険行を行ってきたが、そのきっかけになったのは冒険家の大場満郎氏が主宰した「北磁極を目指す冒険ウォーク」に参加したこと。このチャレンジによって荻田さんは人生のステージを乗り換えたのだが、以降の経験で得たものは何物にも代えがたいものになった。

そして最初の冒険から約20年が経ったいま、今度は荻田さんが次の世代に冒険精神を伝えるため、若者を連れて北極圏へ行く。そう決めたのは昨年「南極を歩いているときだった」と荻田さんはいう。

ただし、自分がそうだったように冒険への切符は自分から手を挙げて取るものだと考えているので募集はかけない。講演会やメディアに登場したとき、そのなかで「若者を連れて北極圏に遠征します」とだけいう。そしてその言葉に反応してアクションを起こしてきた人と会い、今回12名(ほか日本でのサポートメンバー4名)の若者とともに北極圏の徒歩行に挑むことになった。

 

事前合宿へ。「なにかをカエよう」としている人の声を聞く

北海道の牧場を借りて合宿を行った。スキーを履き、荷物を載せたソリを引いて歩く様子

北海道の牧場を借りて合宿を行った。スキーを履き、荷物を載せたソリを引いて歩く。

今回は出発を約1カ月後に控えた2月中旬に、北海道恵庭市の牧場を借りて行われていた事前合宿へお邪魔した。私が訪れたときは合宿日程の折り返しとなる5日目と6日目で、メンバーも合宿に慣れていた頃。雰囲気もよかったし、集団生活、そして訓練ともそれぞれがテキパキと動く姿が印象的だった。

 

合宿では夜はテントで寝る

合宿では夜はテントで寝る。マイナス30度になった夜もあるという。

訪れた目的は合宿の模様を取材させてもらうとともに、この挑戦により「なにかを変えよう」としている人の声を聞くことが目的だった。今回は荻田さんの話を中心に紹介する。

 

荻田さんの人生が変わり始めたのは2000年。当時、大学生だった荻田さんはとくにアウトドア派でもなく、ふつうに学生生活を送っていたが、「北磁極を目指す冒険ウォーク」に興味を持ち大学を中退して参加。以降、冒険家としての活動が始まる。

 

「北極圏での冒険を始めて、約20年経つわけですが、20歳代、30歳代、そして40歳代ではやれること、やるべきことが変わってくると思います。20歳代はもうひたすら蒸気機関車のように自分の熱量を燃やしに燃やして前へ進むことだけをやってきました。それはなんのためかというと自分のためですよね、自己満足でしかない。だからこの時期の活動資金はどこかの企業に協賛依頼をするようなことはなく、すべてアルバイトで賄っていましたよ。でも、企業というか社会に頼らない姿勢を取っていても社会が嫌いだったとか、そういうのではありません。活動を続けていればいずれ接点を持つときがくることを感じていましたが“いまはその時期ではない”と思っていたからです」と荻田さんはいう。

そして30歳代になると“そのとき”がきた。これまでとは違うで世界を見たいという気持ちから荻田さんが立てたのが「北極点無補給単独徒歩到達」という目標だが、これはいままでの北極圏での冒険行より難易度も高く費用も掛かるので、資金面を含めてサポートをしてもらうことが必要になったのだ。

そこで荻田さんはこれまで距離を取っていた社会に飛び込み、いろいろな人と会って話をした。そして多くのサポートを得ることができたという。

 

合宿では自らの経験に基づいた講義を行う荻田さん

合宿では自らの経験に基づいた講義を行う。命に関わることでもあるので真剣だ。

荻田さんは現在42歳になった。40歳代になってからも南極点無補給単独徒歩到達に日本人初の成功を収め、帰国後は冒険家としては名誉な「植村直己冒険賞」も受賞と、外から見るぶんには順風満帆ともいえる状況なので、誰もがつぎの大きな目標に期待していただろう。

しかし、荻田さんの口から出たのは「次のフェーズはまた自分のお金だけの活動に戻していこうと思ってます。そもそも自分にとっての冒険は自分がやりたいことであり、そこに支援していただくことを当たり前と思ってはいけないのです。ただ、そういった支援をしていただいたからこそ“自分のお金”というものの意味が見えました」という言葉。そして「では、どうしていくかというと、まあなにかをして稼いでいくしかないのですが、それがなにかはまだわかりません。40歳代は活動をしながらそれを探す時期だと思っています」と語った。

そういったところで荻田さんは合宿所で作業をしていた若者から声を掛けられてインタビューは一時中断。

戻ってきて再会したとき荻田さんからは「冒険は行為の部分にスポットが当たりますがそこよりもマインドの部分に大きな意味があります。だからこれからの活動はそこを取り上げていきたいのですが、今回の“北極圏を目指す冒険ウォーク2019”がまさにそれです。彼らには北極圏を歩いたという行為だけでなく、挑戦したことで得られるマインドを得てほしいと思っています」という次の世代へ向ける期待の言葉が聞けた。

さて、その「北極圏を目指す冒険ウォーク2019」だが、果たしてどんな若者が参加しているのか? それは後編で紹介しよう。

 

9日間にわたる合宿で仲間と語り合う荻田さん

9日間にわたる合宿では技術や知識の取得だけでなく、寝食をともにして仲間としての絆を強めた。出発は2019年3月25日。カナダへ入りそこからチャーター機で北極圏に渡り、5月5日に目的地にゴールし、帰国は5月11日となる予定。

 

文・写真/深田 昌之

後編へ