「災害救助犬の活動支援」をテーマとして、Hondaの軽バン「N-VAN」をベースに制作されたクルマ「S.A.R. Dog(エスエーアールドッグ)」。
もとは2019年3月、東京ビッグサイトで開催されたイベント「インターペット~人とペットの豊かな暮らしフェア」にて、ホンダアクセスがコンセプトカーとして発表したモデルです。
さる2020年2月12日、災害救助犬の派遣や育成を行うNPO法人「災害救助犬ネットワーク」(以下、DRDN)へ、このS.A.R. Dogが寄贈されることになりました。
そこでカエライフ編集部が、DRDNの訓練を密着取材!
そもそも、災害救助犬とはどのような犬なのか? どんなふうに人を救い出すのか? レスキューの現場でクルマが役に立てることって?……などなど、気になるギモンを聞いてきました!
目次
災害救助犬ネットワークとは?
- NPO法人 災害救助犬ネットワーク(Disaster Rescue Dog Network)
- 被災地などに災害救助犬を派遣する全国的な組織づくりを目指して、2007年に発足した団体。行政と連携しながら、災害救助犬およびハンドラー(指導手)の派遣や育成などを行っている。現在、26都府県で24頭の災害救助犬が登録。活動はすべてボランティア。ホンダアクセス「S.A.R. Dog」の制作にあたって、アイデア提供などの協力を行った。
NPO法人 災害救助犬ネットワーク 公式サイト
がれきの山から一瞬で嗅ぎ分ける! 災害救助犬のすごい能力
やってきたのは、群馬県前橋市にある、前橋市消防局の南消防署城南分署です。今日はここで、救助犬を使って災害救助訓練が行われます。
コンクリートや木材などの廃材が積まれているのは、災害現場の「がれき」を模した訓練場。いつもは消防署の救助隊の方々が訓練に使っている場所です。
こちらは、災害救助犬のジャーマン・シェパード「ちわお」くん。4歳の元気な男の子です。
ちわおくんの「ハンドラー」として横を歩くのは、普段は犬の訓練士をしている古川 祥子さん。ハンドラーとは、災害救助犬に指示を出す人のこと。パートナーとして特定の犬とペアを組み、災害現場に入ります。
ちなみに、オレンジの制服は「サーチ&レスキュー」の証。視界の悪い災害現場でもひと目でわかるように、鮮やかなオレンジの服を着ているのだそう。
さて、今日は訓練なので、まずは「救助される人(ヘルパー)」のセッティングを行います。
今回、ヘルパー役をするのは、カエライフ編集部のかまやん。ヘルメットと安全服を身につけて、がれきの奥に身を隠しました。がれきに埋まって動けなくなった要救助者という設定です。
とはいえ、ただ隠れただけでは「要救助者」とは言えません。災害救助犬は、地震や台風などの災害現場で行方不明になった人や、登山などで遭難してしまった人を、その優れた嗅覚を使って探し出すのが役目。
実際の現場になるべく近い状況をつくり出すため、要救助者役のかまやんが入った穴を、DRDNの隊員たちが入念に塞ぎます。かまやんの姿はたちまち、がれきに埋もれてしまいました。見た目にはどこにいるのか、まったくわかりません……。
「災害救助犬、現場に到着しました!」
救助犬チームの大きなかけ声を合図に、いよいよ救出大作戦のスタートです!
まずは隊員の1人が白い粉を振ります。この粉はベビーパウダーで、粉が飛ぶ方向で「風向き」を見ているのです。
災害救助犬は行方不明者の「ニオイ」を嗅ぎとって探します。ニオイは風によって流れるもの。どの位置から探せば最も効率よく捜索できるのか、まずは人間が判断した上で、犬に対して的確な指示を出していきます。
このように、災害救助犬の捜索は「犬と人のコンビネーション」で行われます。
地震などの大規模な災害現場では、3頭3名+サポーター+隊長が1チームになって出動することがほとんど。犬の集中力が続くのは10〜20分程度なので、交代しながら捜索を続けます。
実働部隊である犬やハンドラーはもちろん、現場の情報管理などを担う「サポーター」や、隊員たちの動きを把握して全体の指揮をとる「隊長」も重要な役割です。
準備が整ったら、古川さんの指示のもと、ちわおくんが現場に入ります。
「待ってました!」と言わんばかりに、現場を駆け抜けるちわおくん。
がれきの山を飛び越え、トンネルをくぐり、すみずみまで捜索。ものすごいスピードです!
おや……?
ちわおくんの動きがぴたりと止まりました。何かのニオイを嗅ぎつけたようです。
ちわおくん、一切の迷いを見せず、かまやんが埋まっているがれきに近づいていきます。
「ワオーン、ワンワン、ワン!」
遠くまで響く太い声で、ちわおくんが吠え始めました。これは「告知」と言って、ここに生存者がいることをハンドラーに知らせる行為です。
ちわおくん、要救助者の居場所を、見事に見つけ出しました! ハンドラーの古川さんがすかさず駆け寄って褒めてあげます。うれしそうに尻尾を振るちわおくん。
捜索スタートから発見まで、わずか30秒程度。あっという間に任務を完了しました!
レスキュー隊にバトンタッチ! 消防との連携でスピーディな救助活動
要救助者を発見したところで、DRDNの仕事はいったんストップ。
どういうことかというと、災害救助とはすなわち「サーチ(捜索)&レスキュー(救助)」。そのなかでサーチを担当するのが災害救助犬チームなのです。
「災害救助犬」という呼び方から「救助する犬」というイメージを持ちがちですが、見つけた人を実際に助け出すレスキューは、消防署の「救助隊」の出番です。
「レスキュー隊」とも呼ばれる救助隊は、人命救助に特化したプロフェッショナルチーム。災害現場での救助活動をとりまとめる中心的な存在です。
先ほど、訓練開始後に救助犬チームが現場に到着したとき、まずは現場の状況を伝えて捜索のゴーサインを出しました。そして、ちわおくんが捜索しているあいだは、その様子を後ろから見守っていました。
救助犬チームと消防署のレスキュー隊、同じオレンジ色のユニフォーム ですが、その役目は分かれているのです。
ちなみに、レスキュー隊が乗っている「救助工作車」という真っ赤なクルマは、火災のときに消火部隊が使う「ポンプ車」などの消防車とは少し異なり、クレーンなど大型の救助機材を備えているのだそう。大きくてカッコいいです。
さて、「生存者がいる模様です!」という救助犬チームからの報告を受けるやいなや、レスキュー隊員はすみやかに配置につき、救助活動が始まりました。
「前橋市消防局救助隊です!」
「何か挟まれていますか? 息苦しさはありますか?」
「年齢と性別を教えてください!」
要救助者に言葉をかけて、状態をこと細かにチェックしながら、スピーディに救助作業を進めていきます。
かまやんの埋まった穴に、レスキュー隊員が這うようにして入り込みました。動けない(という設定の)かまやんを外に出すため、狭い穴の中で救出用のシートを使っているようです。
「侵入後、5分経過」
「了解!」
人命救助は時間との闘いです。少し離れた位置に立つ隊長は、つねに時計を気にしながら現場の状況を判断し、最前線の隊員たちに次の行動を指示していきます。
隊長からの号令が次々と飛び、訓練とはいえ、現場は緊迫した空気に包まれています。
そしてついに……かまやんが無事に救出されました!! 最後にもう一度、ちわおくんが現場をぐるりとまわり、要救助者がもういないことを確認して終了です。
とても訓練とは思えない、大迫力の救出劇でした。
災害救助犬の素顔は? 普段は「飼い主のことが大好きなペット犬」
こちらは、訓練を終えてのんびりくつろぐ「千代(ちよ)」ちゃん。先ほど登場したちわおくんの妹で、2歳の女の子です。
ハンドラーであり飼い主でもある古川さんと一緒に、ボール遊びをするのが何より大好き。
じつは災害救助犬たちも、普段は一般家庭のペット犬として暮らしているのです。訓練のときや出動要請がかかったとき以外は、普通の犬と変わりません。
「災害救助犬たちは人間の指示を受けて動きますが、それは決して“無理やりやらされている”のではありません」と話すのは、DRDN理事長の津田 光さん。
「犬は訓練中もずっと尻尾を振っていて、ハンドラーの命令に従うことを遊びのように楽しんでいるのがわかります。そこで大切なのは、犬と人との信頼関係です。たとえば犬が疲れた様子を見せたら即座に交代するなど、ハンドラーはいつも犬を観察して、犬のケアをしていくことが不可欠です」
犬の嗅覚は、人間の100万倍〜1億倍といわれています。さらに捜索活動には、人間の指示を守る従順さや、攻撃性がなく物音に怯えにくい性格も必要になってくるのだそう。
災害救助犬になる犬たちは、子犬の頃からのトレーニングによってそれらの能力を鍛えていくわけですが、もともとの資質も重要です。
シェパードやラブラドール、ゴールデンレトリーバー、ボーダーコリーなど、警察犬や牧羊犬としての歴史を持つ犬種が向いているとされるものの、それらに限定されるわけではないそうです。
ここにいるDRDNのメンバーは、神奈川や兵庫、京都など日本各地から、今回の訓練のためだけに群馬県へ来ています。もちろん災害のときには日本全国どこへでも、自分のクルマで出動するのです。
そのすべての活動がボランティアだというのですから、本当に頭が下がります。
「クルマによって災害救助活動の負担を減らしたい」ホンダアクセスのデザイナーがS.A.R. Dogにかける思い
今回、ホンダアクセスがDRDNへ寄贈した「S.A.R. Dog」のデザイナーである加藤 智久さんも無類の犬好きです。
「自動車メーカーとして、災害救助犬の活動のために何ができるのか考えました」と加藤さん。
「こだわったのは、ボランティアとして災害救助活動に関わる皆さんの負担を少しでも減らしたいということ。
災害現場に出動するためのクルマには、最低でも1週間分くらいの水や食料、燃料などを積み込まなければなりません。現場で犬と一緒に車中泊することもあります。かといって、そのためだけにキャンピングカーのような大きなクルマを購入していたら、活動にかかるコストは相当なものになるでしょう。
でも、軽自動車ならば、ランニングコストを大幅に下げられますし、普段使いもできます。軽の商用車であるN-VANをベースに選んだ理由はそこにあります」
愛犬と一緒に長時間を過ごすための工夫が施されたS.A.R. Dogには、DRDN理事長の津田さんも「使いやすいね!」と太鼓判。
「去年の秋に2ヵ月ほど、S.A.R. Dogを貸与してもらったので、防災訓練の現場などに乗って行きました。とにかく車室が広くて、たくさん荷物が載せられるのがいい。積まないといけないものは山ほどありますから」
「サイドオーニングを広げたら、救助活動の拠点となる『指令本部』がすぐに設置できるのも便利です。また、目を引くボディカラーなので、このクルマに乗っていると、いろんな人に、何のクルマ?と声を掛けられるんです。災害救助犬の活動を知ってもらう走る広告塔のような効果もありますね。これからもっといろんな現場で使ってみて、可能性を広げていきたいと思います」
S.A.R. DogのベースであるHonda「N-VAN」について詳しくはこちら
災害救助犬団体と行政・消防のネットワーク構築に向けて
「災害救助犬の活動はすばらしいもの。日本でも当たり前のこととして、犬たちがより動きやすい環境を整えていくことが必要です」と話すのは、群馬県の渋川広域消防本部 消防長の福田 浩明さん。
というのも、今回の救助訓練で見たような「救助犬チームと消防チームのタッグ」は、全国的に見ると、まだまだ稀なこと。日本には41の災害救助犬団体があるものの、現状ではまだ行政・消防との「官民連携の仕組み」が整備されていないと福田さんは言います。
せっかく災害救助犬が被災地に到着しても、現地の救助隊とのネットワークができていないために、情報が共有されず、現場に入れない……ということも起こっているそうです。
「私は2011年の東日本大震災のとき、福島県の被災地に出動して、がれきの山の中で連日の救助活動を行いました。あのとき、もし現場に災害救助犬がいてくれたら、もっと多くの人を助けられたのではと、今でも非常に悔しい思いが残っています」
レスキュー隊は通常、さまざまな機器を使って行方不明者を捜索、救助します。8メートルもある長い棒にカメラが付いた器具や、レーザーで半径15メートルを探査できる器具、画像と合わせて温度やガスを探知する器具など。
ですが、「人間がどんなに最新鋭の機器を使っても、犬が持つ圧倒的な探索能力には敵わないことがある」と福田さんは言います。
そこでDRDNでは、日本初となる大規模な官民連携のモデルを構築するための取り組みを行っています。
この取材を行った2020年2月12日には、群馬県渋川市とDRDNが災害時の出動に関する協定を結びました。これにより、渋川市で起きた災害に関わる救助活動は、いち早くDRDNに情報提供されることになります。
また群馬県との連携では、「緊急消防援助隊」(大災害が起きた時に県外に出動するレスキュー隊)に出動命令が出た場合、群馬県がDRDNにも同時に出動要請を出し、緊急消防援助隊に帯同して現地に向かう仕組みを実践しています。
さらに、DRDNは2019年、スイス政府公認救助犬団体「レドッグ(REDOG)」とも提携協定を締結し、海外からの支援の受け入れ体制を整えることにも力を入れているそうです。
「災害救助犬が活用される仕組みを整えて、救えるはずの命を救いたい」とDRDN理事長の津田さん。
S.A.R.DogのN-VANが、少しでもその助けになることを願います。
取材・文/小村 トリコ
写真/木村 琢也