モータースポーツの世界で近年目覚ましい進化を遂げているのが、ビデオゲームを使用したeモータースポーツです。ゲーム画面のグラフィックの向上と、コックピットを再現した大型レーシングシミュレーターの発達により、操作感は現実のレースカーに限りなく近づいています。
コロナ渦を機にオンラインのイベントも増え、eスポーツ選手とプロレーサーがゲームで対決する場面も見られる昨今。モータースポーツはいまどのように進歩を遂げ、そして未来はどのように変わっていくのでしょうか。
今回はSUPER GTのGT500ドライバーとして活躍する大津弘樹選手と、ゲームとリアル両方のプロとして活躍している冨林勇佑選手のお二人に、eスポーツの驚くべき進化と可能性について語っていただきました。
目次
- 大津 弘樹(おおつ ひろき)選手
- 1994年生まれ。埼玉県出身。5歳からカートに乗り始め、6歳でレースデビュー。全日本カート選手権、全日本F3選手権などの活躍を経て、2018年からはSUPER GT・GT300クラスに参戦。2020年には国内トップカテゴリーとなる全日本スーパーフォーミュラ選手権とSUPER GT・GT500クラスへの参戦を開始。2021年の全日本スーパーフォーミュラ選手権第6戦もてぎ大会では念願の初勝利を飾るなど、現在もっとも注目される若手レーサーの一人。
- 公式ウェブサイト:https://www.hiroki-otsu.jp/
- Twitter:@hirokiohtsu
- 冨林 勇佑(とみばやし ゆうすけ)選手
- 1996年生まれ。神奈川県横浜市出身。2016年、グランツーリスモ世界大会での優勝を機に、2018年から実車レースに進出。日本初の「eスポーツレーサー兼リアルレーサー」として活動している。スーパー耐久シリーズでは、デビューイヤーとなる2020年シーズンにST3クラスでいきなりシリーズチャンピオンを獲得。2021年シーズンもシリーズチャンピオンを獲得して2連覇を達成するなど、今後の活躍が期待される二刀流レーサー。
- 公式ウェブサイト:https://yusuke-tomibayashi.com/
- Twitter:@converse2354
大津選手・冨林選手のモータースポーツとの出会いに迫る
若手レーサーのなかでも、今シーズン輝かしい成績を収めているのが大津弘樹選手と冨林勇佑選手。大津選手は、SUPER GTではGT500のHonda NSX-GTをドライブ。国内最高峰クラスのスーパーフォーミュラではフル参戦1年目で初優勝を飾り、2021年ルーキー・オブ・ザ・イヤーを獲得。今後の活躍が期待される注目選手です。
一方、日本唯一のeスポーツレーサー兼リアルレーサーとして活動している冨林選手は、実車レースのスーパー耐久シリーズ ST3クラスにおいて2020年から2年連続でシリーズチャンピオンを獲得。実車レースでも実力の高さを証明し、バーチャルとリアルの二刀流レーサーとして活躍しています。
そんなお二人はどのようにモータースポーツと出会い、歩んできたのか。まずは幼いころのお話から伺いました。
大津:モータースポーツ好きの父が、僕が5歳のときにレンタルカートに乗せてくれたのがきっかけですね。はじめて乗ったときの「なんだこれ! 楽しい!」という衝撃はいまだに覚えています。6歳からレースを始め、父が連れていってくれた2000年のF1日本GPでF1の走りに圧倒されました。それ以来、F1に乗ることが目標になり、家族の協力もあってレースを続けることができました。
冨林:僕も完璧に父の影響ですね。父はワンメイクレースなどに参戦していたので、僕も母のお腹にいるときからレースに触れていました。物心がついたときにはクルマもレースも大好きで、4歳ではじめて電動カートに乗ってから、たまに乗りに行くようになりました。ただ、周りの友だちがサッカーを始めたので僕もサッカーをやり始めて、少しレースから離れた時期もありました。
大津:僕は14歳で全日本カート選手権のタイトルを獲ったあと、フォーミュラへのステップアップとしてHondaのスクールに行くことを決意したのですが、資金が足りなくて……。そこで高校時代の3年間はずっとアルバイトをして資金を貯め、最終的には親の協力もあって19歳で入校しました。
冨林:サッカーをしているときもレースやクルマは変わらず好きでした。5歳のときに親からハンドル型のゲーム用コントローラーをもらったのですが、中学生の頃に初めてオンラインでゲームをプレイしたことがきっかけで、没頭するようになりました。レーシングゲームを通してたくさんの人と交流したり、ラップタイムを向上させたりするのが楽しくて、2016年には『グランツーリスモ SPORT』の世界大会に日本代表として出場させていただき、優勝することができました。
大津:SUPER GTの企画でGT参戦ドライバーによる『グランツーリスモ SPORT』を使ったレースを開催することになり、僕も当時『グランツーリスモ』をやり込みました。でも、GTのレースではこれまで3位が最高位なので、いきなり世界大会の初舞台で優勝なんて想像できないです。
冨林:当時はゲームでも海外で活躍している方と戦う機会がなかったので、日本代表に選んでいただいたことにも実感が湧きませんでした。大会はイギリスで行われたのですが、当時は「イギリス旅行のついでにレースに出る」という感覚でいましたね(笑)。ただ、全体予選を走ってみたらトップになれて、そこでやっと緊張感や「ちゃんとやらないといけないな」という気持ちに切り替わりました。
大津:結果はどうでしたか?
冨林:1回目の個人戦では僕のミスでスピンして2位になってしまいました。でも、それで集中のスイッチが入り、2回目の大会ではぶっちぎりで優勝できました。eスポーツの試合で一番がむしゃらに集中してレースができたのはそのときで、今でも鮮明に覚えています。
印象に残っている実車レースについて
大津:今年(2021年)10月の全日本スーパーフォーミュラ選手権もてぎ大会にて、ポール・トゥ・ウィン(ポールからスタートし、優勝すること)で初優勝できたことですね。子どものころからF1を目指してやってきて、そのなかで日本のトップカテゴリーとなるスーパーフォーミュラで優勝できたのは、自分のレース人生でも一番大きな出来事ですし、今後も忘れないと思います。
冨林:あの日は開始直後に小雨がふって、路面がウェットからドライに変わっていくという、ドライバーとしては一番難しいコンディションでしたよね。
大津:コンディションが目まぐるしく変わる中、トップで走っていたので、未知の世界に飛び込んでいくような感じでした。途中何回も危ない場面がありましたが、それでも冷静に走りきってトップでチェッカーを受けられたので、結果的に自信を深められたレースになりました。冨林さんは実車だとどのレースが印象に残っていますか?
冨林:今年のスーパー耐久第4戦のオートポリスで優勝したときですね。レースでうれしいと思うことはたくさんあったのですが、初めて涙が出ました。去年、スーパー耐久に初出場でいきなりシリーズチャンピオンを獲得できたこともあり、今年はクルマをつくるところも任せていただけるようになったんです。
冨林:でも、なかなか勝てない時期が続き、2連覇のためにはこの1戦を勝たなければならない中で、ポール・トゥ・ウィンで優勝できたんです。
レースって、一人でできることは少なくて、周りの人の助けや力がすべて揃って勝てるということを再認識でき、多くの人への感謝の気持ちが自然に溢れ出てきました。そこから次の鈴鹿も勝利して2連覇することができたので、自分の中で報われたレースとして印象に残っています。
モータースポーツ界隈の現状は? プロレーサーがeスポーツ界に参入
コロナ禍により現実のレース開催が世界的に困難になったことで、eスポーツがモータースポーツのカテゴリーとして認知されるようになりました。そんなeスポーツはプロレーサーにとってどんな存在なのでしょうか? モータースポーツとeスポーツの最先端を知るお二人の話に注目です。
大津:2020年はコロナ禍でシーズン開幕が遅れ、さらに自粛期間もあったので何もやることがありませんでした。それで『iRacing』、『アセットコルサ』、『rFactor』というeスポーツのゲームをプレイしたり、シミュレーターに乗る機会がとても多くなりました。冨林さんとは今日初めてお会いしましたけど、『グランツーリスモ』で活躍している選手とドライバー仲間でレース部屋をつくって一緒に練習会をしていたりするので、初めて会った気がしないですね。
冨林:僕も基本的には『グランツーリスモ』をプレイしていますが、それ以外だと『iRacing』をよくプレイしています。世界のプロドライバーも結構走っていて、この前はイベントでヘイキ・コバライネンさんと一緒に走りました。『iRacing』は『グランツーリスモ』に比べて実車寄りのルールというか、タイムの削り方が一番リアルなので、実車の走りに活かせますね。
大津:基本的な操作はゲーム内で学べるので、普段カートに乗っている選手たちもプレイしていますね。『iRacing』は実名で登録するゲームなので、プレイ中に知り合いがいて一緒に走ることも多いです。逆に言うと自分も名前を出しているので、変な走りはできないという緊張感がありますね(笑)。
冨林:人気ドライバーの中には『グランツーリスモ』でプレイするときにTwitterで告知して、ファンの方と一緒に楽しんだりすることがあります。リアルでは絶対にできないようなコミュニケーションもeスポーツでは可能になりますし、世界中のファンがプロドライバーとつながりが持てたりすることもeスポーツの大きな魅力ですね。
大津:僕たちもファンの方とゲームで一緒に走っていました。もちろん自粛期間中だからできた部分もありますけど。逆にシーズンが始まったら無観客レースがあったりして、本当に不思議な気分でした。以前ならピットウォークなどでファンの方々との接点があってサインを書いたりできたのですが、今はそれがまったくできないので寂しいです。
冨林:もちろんコロナはマイナスなことではありますけど、大津さんをはじめ、いろいろな方がeスポーツに触れていただけるようになったことは、モータースポーツにとっては大きなプラスになったのではないかなと。ファンの方々にとっても、これまで遠い存在だったプロドライバーの方と接点ができて、一緒に走る機会ができるようになったこともプラスになっていると思います。
実車のレースとはどう違う?eモータースポーツの裏側に迫る
以前は実車の操作感覚とは別物だったレースゲームですが、ドライビングシミュレーターとして進化したことでeスポーツに発展。海外では自動車メーカーがeスポーツのワークスチームを持つほどの盛り上がりを見せています。そんなeスポーツと実車レースとの違いはどのあたりにあるのでしょうか?
大津:『グランツーリスモ』はよくできたソフトだと思いますけど、実車をイメージしたままプレイするとうまく走れないというか、2秒くらい遅くなりますよね。
冨林:ゲームならではの小技があるんです。わざと縁石に引っ掛かるとか、ちょっと滑らすとか。小技をいかに積み重ねていくかでタイムが決まるので、やり込まないと勝てないですね。
大津:そこはゲームチックだなと思いますけど、速く走れば勝てるというのはレースも一緒です。ゲームを始めたころはどう走れば速くなるのかというところで結構悩みました。僕にとってはレーシングシミュレーターのほうが走りやすいですね。
大津:一番練習しているのは、身についてしまった操作のクセを修正することですね。実車でもeスポーツでもクセは同じように出るので、ブレーキングを終えてステアリングを切るタイミングとか、切ったときの角度などを修正しようとしています。レース前には毎回予習をしてからサーキットに入るんですが、シミュレーターならそんなトライを何回も繰り返し練習できるので、とても有効に活用できています。
冨林:eスポーツは目で伝わってきたものに対してG(ドライバーにかかる重力)がないという難しさもありますね。限られた情報量の中でハンドリングやブレーキングの限界を見極めないといけないので、目と予測はとても鍛えられます。
大津:そうなんですよ、シミュレーターで速く走ろうとすると、実際に走るときの感覚と落差があって。バーチャルとリアルの切り替えができなくて戸惑うことがあります。
冨林:僕はeスポーツをずっとやってきてから実車でレースをしたので、実車のほうが情報が圧倒的に多くて楽に感じました。その代わり、eスポーツは限界を越えるリスクがないのが一番の違いですね。実車だとマシンを壊してしまうようなリスクのある挙動にも挑戦しやすいんです。
冨林:トレーニングは、空いた時間でできる限り走ることですね。僕は一人で黙々とタイムアタックするよりも、仲間内のドライバーとか友達とかとバトルしているほうが好きなんです。そういう意味ではeスポーツでレース感を高められるように、クルマのセッティングを詰めて、いろいろな人と共有しながら走っていますね。
大津:そうなんですね。競うのが好きだから実車のレースを始めたんですか?
冨林:それは大いにありますね。でも、実車よりeスポーツのレースのほうが緊張するんですよ。実車のレースはスケジュールに余裕があるので、実際にスターティンググリッドについてからスタートまで時間があったり、フォーメーションラップもあったりするので、気持ちをリセットできるタイミングが結構あるんですよね。
でも、eスポーツの場合は、「はいスタート! 」となったらすぐに乗って、5分間で予選。その後すぐに決勝も始まるので、落ち着く時間がないんですよ。そんなバタバタした中で気持ちを昂らせようとするので、とても緊張します。
大津:緊張という意味では、一度走り始めてしまえば緊張しなくなりますよね。フォーメーションラップが始まると「もう緊張してもしょうがないな」って。でも、それまではやっぱりドキドキしますね。例えばインタビューなどがきても「今はちょっとそういう気分じゃないんだよな」というくらい緊張していて、余計なことを考えてしまったりすることがあります。
レースカー開発に必須となったレーシングシミュレーター
冨林:自動車メーカーでも、最近は実車でテスト走行できる機会が限られているので、シミュレーターでベースをつくりだして、それを元にセッティングを行っています。海外はシミュレーターを使った調整が結構進んでいますけど、日本だとHondaも活用していますよね。
大津:Hondaでは数日間のシミュレーターテストにすべてのエンジニアとタイヤメーカーが参加して、レースの一環として取り組んでいますね。実際に走ってみると信じられないくらい精度が高くて、去年僕がSUPER GT鈴鹿でポールを獲ったときのタイムはシミュレーターで出したタイムと1/100秒単位しか変わらなかったです。走った感覚も実車とほぼ一緒ですし、その精度は怖いくらいですね。
冨林:最近はエンジニアも積極的にeスポーツをやるようになって、いろいろセットをつくって試しているみたいです。
大津:例えばドライバーがエンジニアに「オーバーステアでリアが出ます」とか言っても、どういう症状なのかはデータではわかっても体感できなかったじゃないですか。今はエンジニアもシミュレーターで走行できるようになったので、何が原因なのか自分で乗って確かめるという方が増えましたよね。
冨林:やっぱり、乗った経験のある方とは話がしやすいですね。僕らが感じている気持ちをエンジニアも同じように感じてくれればセットの方向性は早く決まるはずですし。逆にドライバーが違う伝え方をしたり、エンジニアが違う認識でいたりすると、クルマはどんどん違う方向に行ってしまいます。
リアルと現実の境目が消える?モータースポーツの未来を語る
今回、対談場所となった「ヨコハマ グッド ファクトリー」は、本格的なレース感覚を体験できる8軸シリンダー制御のレーシングシミュレーターを備えています。せっかくの機会なので、大津選手と冨林選手にはレーシングスーツに着替えてもらい、F3マシンでシミュレーターをあらためて体験いただきました。
大津: 8軸制御なのでスライド方向の動きも出てきて、挙動とグラフィックがとてもリアルですね。これなら挙動を感じて操作できるので対処しやすいです。ペダルも実車と同じフィーリングで操作できますね。先日、スーパーフォーミュラで鈴鹿を走ったばかりなので、景色も本物と変わらなくて再現性が高いです。
冨林:自宅にもマシンがありますが、やはり8軸制御になるとリアが出たときの感覚などもわかりやすいし、ペダルの踏みしろに対してブレーキがダイレクトに効くフィールがとても自然でした。このシミュレーターには2年ぶりに乗りましたが、全然違和感がなくて楽しかったです。でも、ABS(※1)もトラクションコントロール(※2)もないマシンなので操作が難しかったですね。
※1…アンチロック・ブレーキ・システムの略称。強くブレーキを踏み込んでもタイヤがロックさせないことで、ブレーキ中もハンドル操作が可能となる
※2…タイヤの横滑りや空転を防ぐためのシステムのこと
大津:僕たちが乗っているレーシングマシンの再現度が高くなれば、レーサーでない方も僕らと同じような体験ができますよね。eスポーツとして自分も体験できれば、より深いところでのモータースポーツへの興味が生まれるのではないかと。サッカーなら『ウイニングイレブン』をみんながプレイしているように、モータースポーツもシミュレーターやeスポーツを手軽にプレイできるようになって、ファンが増えてくれることを期待したいですね。
冨林:大津さんの言う通り、スーパーフォーミュラと同じ動きがeスポーツで再現でき、誰でもゲーム内で乗れるようになれば、レーシングマシンやレーシングドライバーの凄さが改めて体感・実感できると思います。あと僕自身の目標としては、自分が頑張ることで、eスポーツからでも実車のレーサーとして本当に対応できることが伝わればいいなと思います。そうやってモータースポーツの裾野を広げるというか、間口を少しでも広げていきたいですね。
近年はレーシングシミュレーターの進歩がめざましく、お二人のお話からもリアルの乗り心地に限りなく近づきつつあることがわかりました。
コロナ禍でモータースポーツはリアルの大会やレースが中止になってしまった一方、eスポーツやオンラインイベントにプロレーサーが参入し、これまでと違った切り口でモータースポーツへの注目度はますます上がっているといえるでしょう。
今後はリアルとヴァーチャルの差がさらに縮まることで、ファンとレーサーの距離やコミュニケーションもより密になり、モータースポーツ全体がさらに盛り上がることは間違いなさそうです。
文/北沢 剛司
写真/YURIE PEPE
編集/井上 寛章(LIG)
撮影協力/ヨコハマ グッド ファクトリー