ウォークスルーバンをそのまま店舗に。移動式本屋「BOOK TRUCK」のつくりかた

BOOK TRUCK内で本を並べる三田 修平さん

イベント会場を“本のある空間”に変えていく移動式本屋「BOOK TRUCK」。大人も子どもも、お気に入りの一冊を探して足を止めていきます。ゆっくり本を眺められ、手に取って楽しめるようなウォークスルー空間のバンは、出店先に合わせてレイアウトを自由に変えられるのもポイント。お店としての役割はもちろん、時には寝床として、また移動手段としても活躍する「クルマ×本屋」という掛け合わせ。その可能性について探ります。

三田 修平(みた しゅうへい)さん

三田 修平(みた しゅうへい)さん
移動式本屋「BOOK TRUCK」店主
TSUTAYA TOKYO ROPPONGI(現六本木蔦屋書店)で働いたのち、CIBONE青山店(現在は移転)、SPBS(SHIBUYA PUBLISHING & BOOKSELLERS)での店長経験を経て、2012年に移動式本屋「BOOK TRUCK」を立ち上げる。2022年より、自身も暮らす若葉台団地(横浜市旭区)内に書店〈BOOK STAND 若葉台〉をオープン。
Instagram:@book_truck , @bookstand_wakabadai

目次

 

荷台をそのまま生かせる広々ウォークスルーバン

賑やかなイベント会場で、多くの人がふと立ち止まり、引き寄せられていくーー。移動式本屋「BOOK TRUCK」は、屋外の本屋という珍しいスタイルもあって、どんな会場でもひと際目を引きます。

イベント出店中のBOOK TRUCK

「Yokohama Nature Week 2025」に出店中のBOOK TRUCK

店主の三田 修平さんは、BOOK CAFEの先駆けである「TSUTAYA TOKYO ROPPONGI」(現六本木蔦屋書店)や、出版社兼書店というユニークな試みの「SHIBUYA PUBLISHING & BOOKSELLERS(SPBS)」での勤務を経て、2012年に「BOOK TRUCK」を立ち上げました。

SNSやクチコミで少しずつ認知が広がり、今では公園や駅前で開催されるマルシェ、野外ライブなどさまざまなイベントから声がかかります。出店するイベントごとに、イベントテーマや来場するお客様の特徴を鑑みて、本をセレクト。新刊に加え古本も並ぶ「BOOK TRUCK」は、一度として同じ本の組み合わせがないのが魅力の一つです。

大学時代に出会った一冊の本を機に、大の本好きになったという三田さん。「自分と同じように、些細なきっかけから本の面白さを知ってもらえたら」と、人と本との偶然の出会いを生み出す空間づくりに思いを込めます。

イベント会場で設営を進める三田さん

公園でのファミリー向けイベントに出店した「BOOK TRUCK」。来場者の嗜好を想像しながら、レイアウトを決めていく

淡く、少しくすんだ水色がトレードマークの「BOOK TRUCK」は、2000年式のいすゞのエルフUTをカスタムして作られました。今年9年目を迎えるバンは、実は2代目。初代は、中古車販売サイトで一目ぼれしたゼネラルモーターズのシボレー(Chevrolet)だったそう。「完全なスクエア型だったので、車内に本棚をレイアウトしやすく、横から入るタイプのデザインも移動本屋には最適だ」と考えました。

「BOOK TRUCK」初代のシボレー

「BOOK TRUCK」初代のシボレー。荷台がボックスになっているカーゴタイプをあえて選んだ(写真提供:BOOK TRUCK)

「アメ車を選んだのは、クルマの中をお店にするのなら、ある程度の車幅が必要だったからです。86年製造の一台を、わざわざ熊本県まで購入しに行き愛用していたのですが、車検のたびに修理が必要になり、3年目にはエンジンが故障してしまって……。泣く泣く2代目を探し始め、出会ったのが今のバンでした」

約150万円で購入した2代目は「なかなか古いけれど、国産車なのでメンテナンスもしやすくてお気に入り」と話します。

2代目「BOOK TRUCK」の、いすゞのエルフUT

BOOK TRUCK2代目はいすゞのエルフUT。積載量1,500kgで、重い本たちをしっかり運んでくれる

「いすゞのエルフUTを選んだポイントは、車内を歩けるウォークスルー空間であること。車内でゆっくり本選びをしてもらうために、ある程度の高さは必須でした。また、トラックの荷台をお店にする形であればメンテナンスがしやすく、カスタムのために一からDIYする必要がありません。購入した時点で、少し色あせたかのようにレトロなパステルブルーが塗られていて、ほかにないかわいらしい色合いなのもよかった。塗り方がだいぶ雑なのですが、それもご愛嬌です」

BOOK TRUCK内に三田さんが立っている様子

身長174cmの三田さんが立っても頭がつっかえない車内の高さ

 

本に囲まれながら車中泊も楽しめる、自在な設計

イベントごとに本棚のレイアウトを変えられるように、木材で手作りした正方形や長方形のボックスを積んで移動しているという三田さん。車内のボックスは積んだ状態をベルトで固定し、イベント会場の広さや天気などによって、テントを張ったり、テーブルを出したりと、その場に応じた空間づくりを進めていきます。

木材でできた手作り本棚を並べている様子

本棚のボックスは、木材を木工用接着剤で付けて作ったそう。「仮止めのつもりでボンドを使ったら意外に強力だったので、ネジで固定するのはやめました」

 車内にはベンチがあり、本を読めるようになっている

本棚にたくさん置かれた本の中から、気になる本を手に取って読めるようにベンチも設置されている

荷台に積んでいるのは、本棚のボックスや本、テーブルなどのほかに、大きめのポータブル電源とソーラーパネル。屋外では日暮れと共に暗くなっていくので、車内外共にライトが必須です。

車内に設置されたクリップ式ライト

車内を照らすのはクリップ式ライト。無骨ながら味がある

バンの荷台をそのまま活用したので「カスタムしたのは運転席の上くらい」だそう。

運転席の上に作った収納スペース

車内を歩ける高さだけあり、板をはめて収納スペースを作れば、大きな荷物も入る

また、遠方の会場や2日以上のイベントの場合、周辺でホテルが取れないときは、車中泊をすることもあるそうです。

「本棚用のボックスを並べて簡易なベッド台を作り、その上にマットレスを敷き詰めれば、ベッドが完成です。本に囲まれて寝ることができるので、簡易ベッドとはいえ気分が落ち着くんです

イベント会場なので周りにはキッチンカーが多く、「おいしいご飯が食べられるのもうれしいポイント」と笑います。

簡易ベッドを作った「車中泊」仕様の車内

簡易ベッドながら、本に囲まれたぜいたくな空間が完成(写真提供:BOOK TRUCK)

三田さんにとってBOOK TRUCKは、店舗であり、移動手段であり、そして寝床にもなる一石三鳥のパートナーなのです。

 

移動式本屋+“新たな書店の在り方”を探る挑戦へ

「BOOK TRUCK」をスタートして10年経った2022年、三田さんは新たに大きなチャレンジを始めます。自身が住む若葉台団地(横浜市旭区)に、団地内書店「BOOK STAND」をオープンしたのです。

団地内書店「BOOK STAND」の前に立つ三田さん

若葉台団地にある「ショッピングタウンわかば」内にオープンした「BOOK STAND若葉台」

「同じ横浜市旭区内の左近山団地で生まれ育ち、“団地”の環境が好きでした。若葉台団地には友人が住んでいて遊びに来るうちに、広くのんびりした空気感がいいな、と結婚を機に2017年に引っ越してきました。当時は、団地内の商店街に福屋書店があったのですが、経営難から撤退してしまい、その後は商店街全体がひっそりと静まり返っていました」

「書店をやってくれないか」と団地に住む本好きの有志から三田さんに声がかかったのは、コロナ禍のこと。これまでの書店が続かなかった以上、マーケットとして難しいことは明確でした。それでもやってみようと思ったのは、「本屋の新しい形を探る挑戦になる」と考えたからでした。

「これまでTSUTAYA TOKYO ROPPONGIやSPBS(SHIBUYA PUBLISHING & BOOKSELLERS)など、“新たな書店の在り方”を探るお店で働いてきましたし、移動式本屋の経営も10年経って安定稼働ができています。次のチャレンジとして、団地という住宅地で成り立つ形を作れたら面白いんじゃないか、と興味を引かれました。固定の本屋を作ることにこだわりはありませんでしたが、自分が団地に育てられたからこそ、ここに本屋のある環境を取り戻したいという思いが強かったです」

BOOK STAND内の書棚に本を陳列する三田さん

本のある空間を作りだすことに余念がない

BOOK STAND内に机と椅子も置かれている様子

BOOK STANDでは定期的に読書会やBOOK SNACKといった本とおしゃべりを楽しめるイベントも開催している

オープンから3年を迎える今、書店には団地の住民たちが途切れなく訪れています。本屋の価値を多くの住民に歓迎されていると感じる一方で、「書店の経営はやっぱり難しい」とも実感しています。

「住民のニーズに応えるためには新刊をそろえなくてはいけませんが、新刊は利幅が2割と少ないところが難しいところです」

それでも BOOK TRUCKのみの店舗形態だったときよりも、リアル店舗を構えたことによって、本の仕入れやすさという観点ではメリットが大きくなったそうです。

「移動式本屋では、新刊の仕入れは難しかったんです。それがリアル店舗を構えたことによって、出版取次から本を仕入れることができるようになりました。BOOK TRUCKのほうで展開できる本のセレクトの幅が広がった意味でも、BOOK STANDの存在は欠かせません」

 

これからもリアル書店が在り続けるために

今後について、三田さんの頭の中には「団地内書店の“分店”案」などさまざまなアイデアが広がっています。

リアル書店の価値は、本との偶然の出会いです。その出会いを作るには、本のラインアップが定期的に変わっていく必要があります。『BOOK TRUCK』ではイベントのコンセプトごとに変えていけば良いのですが、『BOOK STAND』のような店舗では恒常棚も必要なので、限界があります。そこで例えば、複数の団地に“分店”を作り、本棚スペースを設置していくという案です」

BOOK STAND内に設置された「ワカバのホンダナ」と書かれた書棚

BOOK STAND内には「ワカバのホンダナ」と称した、団地住民がオススメする本を揃えた書棚も

「かつて団地には必ず本屋がありましたが、いまや本との接点はほぼ途絶えています。一つの団地で一つの本屋を支えることができないのであれば、複数の地域で本屋をシェアすればいい。本を置くスペースが増えれば、本をローテーションしてお客様にとってフレッシュな本棚を作ることができます。古本を中心にすることで利幅を7~8割まで上げ、新刊は予約受付というスタイルにしていけば、経営面でも安定するのではないかと考えています」

もう一つリアル書店を続ける秘訣として、「無理をしないこと」と話す三田さん。自分が店頭に立てない日は、代わりに人を雇ってまで頑張ろうとせずに定休日にしてしまえばいい。ゆるく続けられる道を探ることも、団地内書店の存続につながっていくといいます。

笑顔でインタビューに答えている三田さん

三田さんはインタビュー中も終始、リラックスした雰囲気でした

「BOOK TRUCKもBOOK STANDも、続けてこられたのは書店に可能性を感じているから。『私も移動式本屋をやりたい!』というニーズに応えるために、移動式本屋のつくりかた講座を開いた時期もありました。本が好きで、本を好きな人が好き。その思いがある限りは、いつまでも試行錯誤を続けていくんじゃないかなと思っています」

三田さんが生み出す新しい本屋の在り方が、どう形を変えていくのか。これからの挑戦にも期待が高まります。

前編では三田さんがBOOK TRUCKを始めるまでの軌跡についてご紹介しています。

 

文/田中 瑠子
写真/やまひらく
編集/くらしさ(TAC企画)
撮影協力/Yokohama Nature Week