塗装しなければ車体の色は変えられない。そんな時代はもう昔。今ではボディに特殊なフィルムを貼るだけでカラーチェンジが可能になりました。カーラッピングと呼ばれる技術の誕生により、気軽にボディカラーの変更が楽しめるようになったのです。
一体、どのような技術なのでしょうか? 自動車専用ラップフィルムをはじめ、さまざまな特殊シート素材製造の大手であるスリーエム ジャパンに、カーラッピングの基本を伺いました。また、実際に施工を行っている神奈川県ののらいも工房さんに、作業工程や施工例、DIYカーラッピング術についてもレクチャーをしてもらいました。
目次
まずは知りたい! カーラッピングってどんな種類があるの?
カーラッピングとは塗料ではなく、圧着と加熱によって粘着する特殊なフィルムをクルマに貼り付けてカラーチェンジすること。
全体にフィルムを施すフルラッピングと、一部分だけに貼るパーツラッピング。ロゴやキャラクターなどがプリントされたフィルムによるデザインラッピングの3種類に大別されます。
▼フルラッピング
ドアノブやミラーなどの細部を含め、車体全体に施すのがフルラッピング。
▼パーツラッピング
写真のルーフ部分のように、プラスα的にディテールへ貼るのがパーツラッピング。
▼デザインラッピング
レーシングカーやPR用の宣伝カー、アニメやゲームキャラを配した俗にいう痛車など、図柄がプリントされたフィルムを使用するのがデザインラッピング。
ちなみに、本メディア『カエライフ』を運営するホンダアクセスは、国内最高峰の四輪レース「SUPER GT」に参戦する「Modulo Nakajima Racing」と「Modulo Drago CORSE」の2チームをサポートしています(2020年現在。詳細情報はこちら)。
両チームのレーシングカーには、写真のように個性的なデザインラッピングが施されています。カーラッピングの技術は、サーキットを彩る車体デザインにも生かされているんですね!
カーラッピング用フィルムの基本をスリーエム ジャパンに聞く!
アメリカ・ミネソタ州を本拠とし、サイエンスカンパニーとして世界的に知られている企業・3M。身近なところでは付箋紙のポスト・イット®製品やスコッチ・ブライト™ スポンジたわしなどが有名です。近年ではカーラッピング用フィルムの開発製造も積極的に行い、多くのユーザーから信頼を得ています。
そこで、カーラッピング用フィルムの特性やバリエーション、最新モデルなどについて、スリーエム ジャパン株式会社の横田 直美さんに教えてもらいました。
- スリーエム ジャパン株式会社
コマーシャルソリューション事業部
グラフィックスマーケットマーケティング部マネジャー
横田 直美さん - 2005年、スリーエム ジャパン株式会社に入社。航空機や自販機グラフィックのキーアカウント営業担当などを経て、カーラッピング用フィルムをはじめとするグラフィックフィルムのマーケティング担当に。
カーラッピング用フィルムってどんなもの?
1990年代に再剥離性を持ったフィルムが誕生。海外セレブを中心にカーデコレーションの素材として用いられるようになったのが、カーラッピング普及のきっかけと言われています。
―3M社ではいつ頃から製造しはじめたのでしょう?
横田さん:「スリーエム ジャパンでの販売開始は2011年です。それまで存在していたフィルムを改良し、伸縮性や施工性など、よりクルマに適したものへと進化させています」
―日本でカーラッピングの認知が始まったのも2011年以降だそうです。今はどれだけの種類、カラーバリエーションがあるのですか?
横田さん:「乗用車へのラッピングを目的とした装飾用フィルムとして弊社が扱っているのは、すべて塩化ビニール製となります。マットやグロス、サテン、メタリック、カーボンなど、さまざまな質感を用意し、カラーも89色が揃います。厚みはタイプによって異なりますが、粘着剤を含めて0.11〜0.18mm。重さは1㎡で150gほどです」
―ペイント顔負けのバリエーションなのですね! しかも、とても薄くて軽い。耐久性は問題ないのでしょうか?
横田さん:「日本国内の標準的な環境のもとで、屋外垂直面に施工した場合、約3年の耐久性があります。ただ、塗装と同じく、使用期間や状況などによっては劣化が早まる場合もあります」
カーラッピングと塗装との違いは?
―普通に使っていれば、かなり長期間安定していると。では、塗装に対してのアドバンテージはどのような点でしょう?
横田さん:「まず、炭素繊維ならではの綾織り模様が特徴のカーボンや、金属を粗く削った質感のブラッシュドなど、塗装では難しい風合いが表現できます。
なによりフィルムは再剥離が可能。フィルムを剥がせばラッピング前の状態へ戻せ、新しいカラーにチェンジすることも可能なのです。当然、ベースのオリジナルカラーが損なわれることもなく、フィルムを貼ることにより元の塗装を保護できるという側面もあります」
カーラッピング用フィルムはどんな素材なの?
―剥がせるのは大きなメリットだと思いますが、どういった構造・仕組みでラッピングを可能にしているのでしょうか?
横田さん:「フィルムの裏面に特殊な粘着剤がついています。スキージー(へら)などを使って車体にムラなく貼り付け、よく圧着した上で、熱を放射するヒートガンで加温して圧着させる仕組みです。柔軟性が高いので、クルマのように曲面がある対象でも問題ありません。3Mのラップフィルムシリーズの場合、構造的には、このイラストのようになっています」
横田さん:「粘着剤層のクルマとの接地面に配された微小な『ガラスビーズ』が、ラッピング施工時に重要な役割を果たします。圧着前の段階では、容易な張り付きを防いでくれるため、クルマに対するフィルムの位置合わせ作業がスムーズに行えます。圧着後は、ガラスビーズは粘着剤層に埋め込まれる仕組みなので、粘着剤は本来の高い接着力を発揮してくれます。
また、『エア抜き溝』もきれいなラッピング施工には欠かせません。イラストのように粘着剤層のクルマとの接地面には、格子状に非常に細かい溝が入っています。この溝のおかげで、圧着前の貼り付け作業の段階でうまく空気を逃すことができ、気泡がない、きれいな状態での圧着が可能になるんです」
カーラッピング用フィルムは過去と比べてどう進化?
―薄いフィルム内にいろんなハイテク機能が詰まっていることに驚きます。過去と現在で、どういった進化を遂げているのですか?
横田さん:「最新のカーラッピング用フィルムは3M™ラップフィルムシリーズ2080です。過去モデルと違い、ラッピング用フィルム本体の美しさを守る、表面保護フィルム層が追加されています(グロス/グロスフリップタイプのみ)。
この表面保護フィルム(プロテクティブフィルム層)は独自のテクノロジーが採用されており、特に表面に保管跡が付きやすい、光沢が魅力であるグロスタイプのダメージも抑制できます。
しかも非常に薄いので、柔軟性も損ないません。ですから、表面保護フィルム層を付けたまま温め・伸ばし・巻き込みなどの作業が可能に。フィルム本体を傷つけることなく施工し、完成後に一気に剥がせばOKなんです。
実際、プロテクティブフィルム層によって作業がしやすくなり、生産性が倍近くアップしたと仰るカーラッピング施工業者様もいらっしゃいます」
―以前より使いやすくなったのであれば、施工者にとっても魅力的ですね。色や接着面など、施工時の状態を保つメンテナンス術はありますか?
横田さん:「洗車時には水道水による洗浄と、ホコリやチリが付着していない、植物原料の吸水性に優れるセルローススポンジでの拭き取りを推奨しています。
水垢防止のため、きれいなやわらかい布で水分を速やかに取るのも重要です。洗浄剤は研磨剤の入っていない中性のものを使ってください」
作業テクを知るべくカーラッピングの現場に潜入!
続いて、実際にカーラッピングを手がけている、神奈川県川崎市ののらいも工房にお邪魔し、具体的な作業手順や扱いかたなどのレクチャーを受けてきました。
- のらいも工房
古川 皓貴さん - 2017年より主にカーラッピングを施工するのらいも工房に参画。ゲストのオーダーを正確に具現化すべく、入念な打ち合わせや親身になったアドバイスを心がけている。
本格レーシングカーから痛車に至るまで、さまざまなカーラッピングを請け負っているのらいも工房。年間400台以上を施工しており、技術と経験値の高さは日本屈指を誇る施工業者です。
古川 皓貴さんによると、一般ユーザーだけでなくメーカーからのオーダーも多いとか。
古川さん:「企業様から展示会やイベント、レース向けのデザインラッピングのご依頼はもちろんの事、近年では新車購入時にカーラッピングをご希望されるお客様も増えてきており、ディーラー様経由でのラッピングのご依頼も数多くいただいております」
好みに合わせて選べる充実のバリエーション
のらいも工房では、施工現場で使われているカーラッピング用のフィルムは何種類ありますか?
古川さん:「スリーエム、オラカル、エイブリィデニソンの3メーカーのフィルムを使っています。それぞれに色や質感などのバリエーションがあり、選択肢は数百を超えます。また、メーカーごとに価格や発色具合が異なるので、フィルムサンプルを直接ご確認されたほうが良いでしょう」
日本、ドイツ、アメリカの会社がメインになるのですね。ここで改めて、本記事冒頭でも説明した、カーラッピング施工の3パターンフルラッピングとパーツラッピング、そしてデザインラッピングについて、詳しく教えて下さい!
▼フルラッピング
フルラッピングはカーラッピングのなかでも最高レベルの技術が必要。特にパーツデザインが複雑なレーシングカーは経験豊富な職人でないと施工が難しいそうです。
▼パーツラッピング
フロントグリルやボンネットなど、ディティールにのみ施すのがパーツラッピング。アクセントとして映えるカーボン調フィルムが人気だそうです。
▼デザインラッピング
デザインラッピングはインクジェットによる柄入りフィルムを使用。クルマの凹凸や曲面などを計算して施工する必要があり、プロとそうでない場合では、貼り方にクオリティの差がハッキリ出てしまうとのこと。
古川さん:「一般的なのは車体全体にフィルムを施すフルラッピングと、ボンネットやルーフなど一部分だけに貼るパーツラッピング。初めてカーラッピングに挑戦したい方の場合はパーツラッピングから挑戦してください。なお、フルラッピングに関しては施工時間、コスト(失敗によるフィルムロス等)、クオリティの面から弊社を含めた業者へ依頼される事を強くオススメします。
そして、デザインラッピング。数年前のブーム以降、すっかり定着した痛車も含まれます。お好みの柄、キャラクターをフィルムにプリントしてから貼り付けるので、歪みが出ないよう緻密な計算と高い技術が必要となります。同様にレーシングカーへのラッピングも職人技が光るタイプ。市販車より複雑な形状なため、依頼されたデザインを現実化するのはとても難しいんです」
▼プロテクションフィルム
ほかにもフィルムには、飛び石やスクラッチ傷から車体を守ってくれる、保護性能が高いプロテクションフィルムという種類も存在します。クリアなので見た目に変化はありません。
カーラッピング施工にかかる料金と期間は?
いろいろなスタイルから自分好みのラッピングが選べるわけですね。予算や納期はどの程度を想定しておけば良いですか?
古川さん:「車種や大きさによりますが、普通車クラスですとフルラッピング(外装のみ)で60万円程度から。大型車やスーパーカー、高級車になるほどハイプライスとなります。納期は1週間ほど。場合によっては月単位での納期となる全塗装と比べると、仕上がりまでの期間は早いと思います。パーツラッピングなら施工範囲によっては当日対応も可能です。フィルムやパーツの種類、面積にもよりますが、手軽にご依頼いただけるケースもありますよ」
カーラッピング施工に必要な道具って?
古川さん:「まず加熱に欠かせないのがヒートガン。ドライヤーでも代用可能ですが時間がかかるうえ、冬場はパワー不足になりがちです。細かい部分の仕上げにはシールピックが役立ちます。
サーモメーターはメーカーごとに異なる最適温度を測るのに便利で、ポストヒーティングもスムーズに。切り出しや仮止めに使うのがカッターナイフとマスキングテープ。
スキージーは先端がフェルトで包まれていて、フィルムを傷つけず滑らかな空気抜きが行えます。車体に刃物が当たる恐れなくフィルムをカットするにはナイフレステープが必需品。
脱脂に使うトラップ粘土(鉄粉取り粘土)は目が細かくてやわらかいのが特徴です。フィルムの購入時をはじめ、さまざまなシーンで活躍するのがメジャーになります。すべてホームセンターやネットで購入できますよ」
カーラッピング施工の流れって?
ここからは具体的にどういった作業、手順でラッピングするのかを見ていきましょう!
▼①車体表面を洗車してしっかり脱脂
▼②カーフィルムを車体サイズにあわせてカット
▼フィルムをカットする際、カッターナイフは基本NG!
古川さん:「美しい仕上がりを実現するには、車体表面の脱脂が大切。洗車後、目が細かくやわらかい粘土でホコリやチリをこすり取ります。そして、専用アルコールやシリコンオフのスプレーを使い、神経質なくらいにブラッシュアップ。手で触ってみてザラつきを感じるようではいけません。
次にフィルムをクルマに当ててカット。カッターナイフはエッジ部分以外で使わず、基本的にナイフレステープという専用のワイヤー入りテープで切ります。あらかじめフィルムは必要な面積より、全周5cmほど大きめに用意を」
▼③空気を挟まないように貼り付け
▼④フィルムを加熱して車体に圧着する
▼⑤縁は裏側まで巻き込むように
古川さん:「必要なサイズに切り出したら、スキージーで空気を抜きながら貼り付け、350℃に設定したヒートガンで加温。温めるとフィルムがやわらかくなるので、引っ張って圧着させます。ヒートガンがなければ、時間こそかかりますが熱を加えるのはドライヤーでも可能です。
縁は裏側の見えない部分までスキージーを使って押し込みます。この処理が職人の技術レベルを測る目安に。温めて伸ばしたフィルムは、冷めると元のサイズに戻ろうと縮みだすんです。特に湾曲させた箇所は顕著で、そのままにすると粘着剤が負けて剥がれることが。
その縮みを防ぐのがポストヒーティング。フィルムの伸縮性は素材である塩ビに含まれる、柔軟性を生み出す添加物である可塑剤によります。可塑剤は100度前後で飛ぶため、貼り付け後に縁のような剥がれやすいポイントを再加熱するのです。そうすればフィルムから伸縮性がなくなり固化。テンションをかけて裏まで回した部分も強度が保てるように貼るのがポイントです」
カーラッピングのDIYにチャレンジしたい!
かなりの工程がありますが、セルフでも不可能ではなさそう……。カーラッピングを自分でするコツはありますか?
古川さん:「DIYでフルラッピングはかなり難しく、おすすめできません。まずは曲面や凹凸が少ないパーツでラッピングに挑戦してみましょう。やりやすいのはボンネット。アルファードやハイエースなど、バンタイプのフロントが、貼る面積的にも初心者向きだと思います。
一見するとサイドミラーが小さくて簡単そうですが、フォルムが丸く構造も複雑なため、上級者になるまで避けるのが無難かと。ただ、失敗しても剥がせますから、あまり気負わないことが大事かもしれません」
なるほど、初心者はパーツラッピングからですね! DIYカーラッピングで注意することはなんでしょう?
▼注意点①フィルムは大きめに用意
▼注意点②加熱は全体に満遍なく
▼注意点③暗い場所ではしない
古川さん:「実際に貼り付ける面積より、少し大きめのフィルムを用意しましょう。曲面やエッジに巻き込む分、ピッタリで用意すると足りなくなる恐れが。ポストヒーティングが必要だと言いましたが、温めすぎにも注意してください。
ピンポイントで加熱すると破けてしまいます。ヒートガンは円を描くように満遍なく、がコツです。あとは、明るい場所で作業すること。薄暗いと車体に付いた小さなチリやゴミを見落としたままラッピングしてしまいますので」
カーラッピングの魅力ってなんでしょう?
クルマのカスタムにおける新しいカルチャーといえるカーラッピングですが、とてもシンプルかつ合理的。技術としてはかなり成熟している印象を受けました。
古川さん:「簡単に剥がせるのが、カーラッピングの最大の強みですね。ベースになっている車体のカラーが日焼けなどの経年劣化によって退色することを防げるため、ケースバイケースですが下取り時に査定価格で有利になる可能性大です。そして、ペイントでは出せない色や組み合わせが実現できるのもプラス要素。気軽にいろんなコーディネイトに挑戦できます。
弊社では、カーラッピングの耐用年数は最大でも3年を目安としてご案内しております。見た目の劣化は少ないでしょうが、粘着剤が固着してしまい、メリットである剥がしやすさが損なわれてしまいます。その点は注意して楽しんでいただきたいですね。また、ラッピングフィルムは傷隠しの役目は果たしません。少なくとも爪がひっかる深さの傷だとフィルムに段差が反映され、結構気になってしまうのでお忘れなく」
カーペイントとなると予算や工期が相当になりますし、何より強いこだわりがないとチャレンジできないイメージ。対して、カーラッピングならスピーディでリーズナブルなうえ、簡単にやり直しができてハードル低め。下取りにだって響きにくいそう。ちょっと良いマイカーに乗り換えたら、ぜひチャレンジしたいと思いました。
取材・文/金井 幸男
写真/長野 竜成(のらいも工房撮影分)