ここ数年、毎年のように大規模な自然災害が起き、大きな爪あとが残っている日本。大型台風や集中豪雨による道路の冠水でクルマが水浸しになっていたり、豪雪によりクルマが埋まっていたり、そんな光景は珍しいことではなくなっています。
もしもクルマで外出しているときに、そんな自然災害が起こったら、どうすればいいのでしょうか。むやみにクルマの外に出るよりもクルマの中にいたほうが安全なのか、そうではないのか…?
そんなもしものときに知っておきたいクルマの知識を、JAFの交通安全インストラクター谷 宗一郎さんに教えてもらいました。
目次
- JAF(日本自動車連盟) 谷 宗一郎さん
- JAF交通安全インストラクターとして、年間80~90件の講演や講座でレクチャー。企業から学校、幼稚園まで自転車の交通安全指導などを行なっている。谷さんのお名前「宗一郎」はご両親がHonda創始者の本田 宗一郎氏に由来して名付けたという、ご家族そろって大のクルマ好き!
「クルマは安全な避難所」は間違い! 自然災害にあったとき、正しい行動が命の安全を左右する
まず谷さんに質問です! 自然災害の驚異にさらされているとき、身を隠せるクルマの中にいたほうが安全そう…。そう思うのは正しいのでしょうか?
愛車を見捨てて避難するなんて、かなり勇気がいりそう…。でも確かに自分の安全を優先することが第一ですね。
運転中に「地震」にあったときに、とるべき行動
まずは、自然災害のなかで地震について教えてください。運転中に地震にあったとき、どうしたらいいでしょうか? 救急車に道を譲るときと同じように「クルマを左に寄せて車外に避難する」という話は聞いたことがありますが…。
◆運転中に地震にあったときに、とるべき行動
- 慌てて急ブレーキを踏まず、ハザードランプを点灯させて徐行
- 周囲の状況を確認して、道路の左側に停車させてエンジンを止める
- 揺れが収まるまで車内で待機。ラジオやネットで情報収集する
- 揺れが収まったらドアをロックせずキーをつけたまま車外に出て、安全な場所に避難
ただし、3と4については、地震の規模や状況によって判断したいところです。
クルマを停止させて慌てて車外に飛び出すと危険な場合があります。揺れが収まるまでは車外に出ないで待機して、ニュースや交通情報で状況を把握しましょう。
クルマを置いて避難する場合は、道路ではない場所に移動させるのが理想的。止むを得ず道路上に駐車して避難する場合は、緊急車両や救急車両の通行の妨げにならないように、道路の左側に寄せて駐車します。
状況によって誰でもクルマを移動できるように、クルマのドアをロックせず、キーをつけたままにしておきましょう。電波式のキーレスエントリーキーの場合は、キー本体は目立つ場所、例えばスピードメーター付近に置いておくといいでしょう。
では「クルマにまつわる水のトラブル」からお願いします。どんな状況(タイミング)になったらクルマから離れて避難すべきなのかも気になります!
【クルマにまつわる水のトラブル】台風・豪雨による洪水や冠水
谷さん曰く、JAFでも水が引くまでは助けに行けず、消防が出動することになるそうです。また、河川が氾濫したときもクルマでの避難はおすすめできません。停電による信号機のストップで渋滞の可能性も高く、普段通りに運転できるとは限りません。だからクルマで移動するのではなく、高い建物などに早めに避難することが大切なのです。
では水没したときに、クルマはどういう状況に陥ってしまうのでしょうか。また、安全な場所に避難するタイミングとは?
クルマは水没するとどうなるか? どこまで浸水したら走れなくなる?
クルマが浸水したときの、地面から水面の高さのことを「浸水深(しんすいしん)」といいます。この浸水深が大きくなると、歩行はもちろん自動車の走行もできなくなります。千葉県防政策災課が発表した「津波避難計画策定指針」では、クルマで避難する場合の浸水深について、次のようなデータを紹介しています。
▼ 浸水深 | ▼ 自動車走行 |
---|---|
0~10cm | 走行に関し、問題はない |
10~30cm | ブレーキ性能が低下し、安全な場所へ車を移動させる必要がある |
30~50cm | エンジンが停止し、車から退出をはからなければならない |
50cm~ | 車が浮き、また、パワーウィンドウが作動せず、車の中に閉じ込められてしまい、車とともに流され非常に危険な状態となる |
※出典:千葉県津波避難計画策定指針 (津波の場合のみを想定)平成28年10月改訂
このデータでは、浸水深が10cmを超えそうだったら、クルマを安全な場所へ移動して避難することが推奨されています。そして、クルマで避難するときの危険な浸水深は50cm以上。水圧でドアが開かなくなり、閉じ込められたままクルマは水にぷかぷかと浮き始めてしまいます。パワーウインドウの場合は、水による電気系統のトラブルやガラスにかかる水圧で、窓も開かなくなってしまうことがあります。
クルマの車内にいて水没しそうになったら、どんな行動をとるべき?
JAFの実験では、普通乗用車が水没して後輪が浮いている状態の場合、水深60cmでドアが開かず、クルマの中に閉じ込められてしまいます(ミニバンの場合、水深90cm)。ドアが大きければ大きいほど水による抵抗が強く、開きづらくなります。
そんなとき、どんな行動をとったらいいでしょうか?
何度もいいますが、水没しそうになった時点で、とにかく早めに脱出! クルマは密閉されているわけではないので、水没すると車内にどんどん浸水していきます。
もしドアが開かなくなったら、まずシートベルトを外し、ウインドウ(ドアの窓)を開けて脱出しましょう。ウインドウも開かない場合は、緊急脱出用ツールで窓ガラスを叩き割って脱出を試みてください。
クルマに常備しておきたい緊急脱出ツール
緊急脱出ツールがないときは?
クルマの水没は想像するだけでも怖いですね…。もしドアもウインドウも開かないうえに、緊急脱出用ツールもない場合はどうしたらいいのでしょうか?
谷さんから返ってきた答えは意外! なんと「慌てずにしばし待つ」のが正解なのだそう。車内に水が入ってきて外と中の水位の差が小さくなると、圧力の差が縮まってドアが開けやすくなるというのです。そして、ドアが開きそうな状態になったタイミングで、力を込めて一気に押し開け脱出する。
ただ、正直そんな怖い目にあうのは絶対に避けたいので、何度でも繰り返しますが、水没しそうになった時点で脱出するのが、命を守るためにはベストな行動ということ。
知っておきたい! クルマが冠水しやすい意外な場所
谷さん曰く、クルマが冠水しやすい場所は下記だといいます。
◆冠水しやすい場所
- 川や海沿い
- アンダーパス
アンダーパスという言葉はあまり聞き慣れませんが、立体交差など下の道路がくぐり抜けるタイプの通路。鉄道の下の道路など、低くなっている道のことです。「川や海など水辺がない都会だから冠水することはない」と思いがちですが、高低差がある道路は注意が必要なんですね。
以上が「クルマにまつわる水のトラブル」の紹介でした。
では、続いて「クルマにまつわる雪のトラブル」について教えていただきます。
【クルマにまつわる雪のトラブル】凍結によるアイスバーンと豪雪
谷さん曰く、雪のトラブルで意外に見落としがちなのは、雪が降っているときよりも雪が降った翌日が要注意、なんだそう。その代表的なトラブルがアイスバーンとホワイトアウトです。
アイスバーンは雪道よりも要注意!
そして「ブラックアイスバーン」にも要注意。これは表面に氷が薄く凍り付いている状態のこと。スケートリンクのようにツルツルしていて、ブレーキを踏んでも簡単には止まりません。一見すると単に道路が濡れているだけに見えるので、気がつきにくいのです。
地吹雪によるホワイトアウトも
さらに雪がふった翌日に注意したいのは地吹雪です。地吹雪とは積もった雪が強風によって舞い上げられる現象のこと。これが悪化すると一面が真っ白になるホワイトアウトという状態になり、視界が数10cm先までもが見えなくなり、前後左右だけではなく、上下感覚さえも失います。
雪が降った翌日でも、スタッドレスタイヤ&チェーンの装備は必須!
雪が降っている当日でも翌日でも絶対に装着しておくべきは、スタッドレスタイヤやチェーンです。
あまり気にしたことがないかもしれませんが、タイヤには実にたくさんの種類があるのです。
タイヤの種類
ノーマルタイヤ | 雪道以外で使用する一般的なタイヤ(夏タイヤ)。雪道やアイスバーンでの走行は、スリップ事故や渋滞の原因になる |
---|---|
スタッドレスタイヤ | 特殊なゴムと溝をもつ雪道・凍結路用のタイヤ |
オールシーズンタイヤ | 降雪時など、季節を問わず走行できるタイヤ |
※出典:JAF 走れても止まれない、雪道のノーマルタイヤ(JAFユーザーテスト)
40km/hからの制動距離
※出典:JAF 「ノーマルタイヤやスタッドレスタイヤなどの制動距離」の実験
※「圧雪路」とは雪が踏み固められた路面。「氷盤路」とは凍結した路面(アイスバーン)
次のようなノーマルタイヤに装着する冬用アイテムも効果的です。
タイヤに装着する冬用アイテム
チェーン | 金属タイプは鎖、スプリングなど。非金属タイプは樹脂、ゴム、布などがある。写真はゴムタイプ |
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オートソック | ストッキングのような特殊な布でできた非金属製タイプのチェーン。おもに緊急用滑り止めとして使われる |
スプレーチェーン |
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※出典:JAF 走れても止まれない、雪道のノーマルタイヤ(JAFユーザーテスト)
さらに谷さんは「冬用のタイヤを装着したから安心」と思い込むのではなく、急な車線変更や急ブレーキ、急アクセルなど「急」のつく運転は避けること。そして車間距離を空けてスピードを落とすことが大切だといいます。
とにかく雪道での運転は慎重が最優先! 雪が降った日だけでなく翌日でも予想以上に滑るというのは、盲点でした。
冬の車中泊は注意! 豪雪でクルマのマフラーが埋もれると一酸化炭素中毒に
最近流行りの車中泊ですが、冬の車中泊は意外な危険が潜んでいます。寒いからといってエアコンをかけ、アイドリング状態のまま寝てしまうのはNG! 一酸化炭素中毒の危険が高まります。
寝るまえには星空が出ていたのに、朝起きたら大雪でクルマが雪に埋もれていた…というケースがあります。もしマフラーの排気口が雪でふさがれていると、排気ガスが車内に流入して一酸化炭素中毒になり、死に至ることがあるのです。
大切な愛車を災害から守るにはどうすればいい?
ここまで自然災害にまつわるトラブルを解説していただきましたが、ちょっとしたことでもいいので愛車を守るための方法はありますか?
なるほど、確かに自分は大丈夫と思いがちですよね。危険を感じた場合や避難勧告があった場合は、クルマに乗らない。そして自分の命を最優先して避難をする…。肝に銘じたいと思います。
災害があったとき、とにかくその場から離れるためにクルマで避難したくなる気持ちもわかります。でも今回、谷さんのお話を聞いて「クルマは絶対安全な場所ではない」ということがわかりました!
取材協力/JAF
取材・文/嶺月 香里
写真/矢野 宗利(6〜9枚目)、松本 いく子(谷さん)
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