【下野康史の旧車エッセイ】 シトロエン・2CV クルマの基本がここにあった

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記事提供元/くるくら
文/下野康史

 

自動車ライター下野康史の、懐かしの名車談。今回は「シトロエン・2CV」。

 

シトロエンのイラスト

全長×全幅×全高:3,830mm×1,480mm×1,600mm 排気量:602cc(2CV6スペシャル)

イラスト=waruta

 

 88年型シトロエン2CVを手に入れたのは94年だった。ヨーロッパでの生産終了から4年後のことである。もともとシトロエンが好きだった。シトロエニストとしては、戦後フランスの自動車史に残るこの名車を今のうちに乗っておきたい。そう思って購入した。

 家族4人のファミリーカーにクーラーなしの6年落ちフランス車は問題なしとはしなかったが、もう1台、国産車があるからいいやと思った。といってもそれはホンダ・ビートだったが。親バカではなく、クルマ好きのバカ親だったのだ。

 2CVは個性の塊である。天井はオープン構造で、キャンバストップを屋根代わりにする。後席ドアの窓ガラスはハメ殺し。前席ドアのそれは、上下にスライドするのではなく、下半分のガラスを外側にパタンと折って開ける。

 空中に突き出したシフトノブを握って、ひねったり押したり引いたりする4段MTは、教わらないと絶対にできない。しかしボンネットを開けて、変速機とつながるシフトリンケージ(連結棒)の動きを見れば、ああ、なるほどこうやっているのかと、複雑な変速操作の理由が理解できた。簡便さゆえに、自動車の基本原理がわかるクルマでもあった。

 どんなに欠点があっても、それを覆して余りある長所は、乗り心地のよさだった。よく言われる「フランス車の猫足」の原点が2CVである。鉄枠にハンモックを吊るしたようなシートも、座り心地は抜群だった。

 こう見えて、操縦性もすぐれていた。サスペンションのストロークは長く、重さ560kgのボディがコケそうなほど傾いても、細いタイヤはけっして地面を離れない。

 はずみ車のようにドゥルーンと回る空冷2気筒は30馬力足らずだったが、この足まわりのおかげで下りは速かった。海外取材に行ったとき、イタリアのコモ湖のまわりの狭いワインディングロードで、お婆さんの乗った2CVにアオられたことがある。

 買ったのは春。最初の夏は、猛暑だった。あるインタビュー取材に乗っていったら、シャツもズボンも汗みどろになり、先様に同情されてしまった。社会人として、これではマズイと思い、早速、"スダレ"を取り付けた。先輩の2CVオーナーに教わった暑さ対策だ。

 キャンバストップをいちばん後ろまで巻き取り、出来た青天井にスダレを張る。洗濯用に売っている突っ張り棒を頭上に2本渡して"骨"をつくり、スダレを装着した。ギアチェンジよりずっと簡単だ。スダレはホームセンターで売っている中国製の"天津簾"が幅も長さもぴったりだった。

 その後のある日、都内へ向かうと、国道246号の玉川通りで渋滞に巻き込まれた。古民家のように風通しがいい2CVも、猛暑の炎天下で止まったらおしまいである。「アジー......」とウメきつつ、スダレ天井の下で常備のウチワをパタパタやっていたら、左斜め上に視線を感じた。見ると、隣に止まっている路線バスのオバサンたちが、2CVを見下ろしながら、涼しい顔で笑っていた。都営バスが冷房化されていたのを、そのとき初めて知った。

 


 

文=下野康史 1955年生まれ。東京都出身。日本一難読苗字(?)の自動車ライター。自動車雑誌の編集者を経て88年からフリー。雑誌、単行本、WEBなどさまざまなメディアで執筆中。

(この記事はJAF Mate Neo 2015年10月号掲載「僕は車と生きてきた」を再構成したものです。記事内容は公開当時のものです)

 


 

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※この記事は、くるくらに2019年07月10日に掲載されたものです。