長い冬が終わり(撮影時点は桜が満開のころです)、気温も上がってようやく春めいてきた。今年もダムめぐりのシーズンがスタートである。
……と、なんの事前情報も入れずにいきなり全力のストレートを投げ込んでみた。皆さんのストライクゾーンに入ったかどうか分からないけれど、ひとまず話を聞いてほしい。
近ごろ、たとえば神社仏閣を見て歩くように、はたまた戦国の世に思いを馳せながら城跡を探しまわるように、ダムに魅力を感じ、ダムをめぐる人が増えている。
ダムと言えば、大雨による洪水の被害から街を守ったり、生活用や農業用の水を供給したり、発電したりといった役割を担ういっぽう、自然環境を破壊しているとか、税金の無駄遣いだという意見もある。
しかしひとまず是非は置いておいて、ここではダムの基本とダムをめぐることの魅力を知っていただきたい。
今回お話をいただいたカエライフ編集部は、まだダムの魅力に気づいていないと言う。
もったいない。
そこで、ダムめぐり歴20年以上の私がオススメするルートをご紹介。1日かけて神奈川県のダムをめぐり、「ダム」と「ダムめぐり」の魅力を語らせてもらうことにした。
ダム好きはクルマやバイクが好き
ところで、ダム鑑賞趣味とクルマやバイクは非常に密接な関係にある。
基本的に山奥にあるダムへ向かうには移動の足が必須だし、いくつもめぐるとなると運転は長時間に及ぶ。「武士道とは死ぬことと見つけたり」なんて言うけれど、あるとき私は「ダムめぐりとは運転すること」であると見つけたのだ。
ダムめぐりは移動時間が大半を占める。だから、ダム好きはそれ以前にクルマやバイク好きであることが多く、こだわりの愛車で全国各地を飛び回っている。
今回はカエライフ編集部からヴェゼルをお借りした。さっそく乗り込み、中央自動車道を西へ。最初のダムへ向かった。
小さいけれど大迫力! 道志ダム
相模湖インターで中央自動車道を降りて山道を進む。ちなみにこの「相模湖」も相模ダムというダムの貯水池なのだけど、今回は事情によりスルー。
道志みち方面に向かって狭いワインディングを走って行くと、突然山の中にコンクリートと金属の巨大な構造物が現れる。相模川水系の支流、道志川に建設された道志ダムだ。
道志ダムは昭和30年に水力発電の目的で造られたダムで、高さが32.8mの重力式コンクリートダムという型式。
クルマにも役割に応じてセダン、ミニバン、SUVやトラック、バスなどさまざまな型式があるように、ダムにも建設される場所の地形や地質などによっていくつかの型式があるのだ。
重力式コンクリートダムは、水を貯めたときの水圧をその名の通り重力、つまり自分自身の重さで支えてせき止める方式。たとえば本物の関取がチビッコ相撲の子供たちに押されてもビクともしない、という状況と同じで、どっしりと安定して水を貯めているのだ。
道志ダムの特徴は何と言っても放流するための水門の巨大さ。ローラーゲートと呼ばれる、頑丈な鉄の板を真上に引き上げたり下ろしたりすることで放流したり止めたりする水門を3門装備している。水門を引き上げるための支柱が見上げるほど高く、その巨大さを実感できると思う。
ただし、高さが32.8mというのはダムとしては小型の部類に入る。ダムの定義は河川法という法律で決められていて、いちばん下から上までの高さが15m以上のものを「ダム」としており、それ未満のものは役割によって「堰(せき)」や「ため池」などと呼ばれる。
高さが日本一で有名な富山県の黒部ダムは186m、そのほかにも100mを超えるダムが国内に数多くある、といえば道志ダムの立ち位置が何となく分かってもらえるだろうか。
しかし、大きくても2m前後の人類から見て、最低でも15mあるダムはやはり巨大だ。
道志ダムの上は一般道の橋になっていて、橋脚の上には展望台のように下流側に飛び出た部分がある。そこから約30m見下ろした光景はさすがに手に汗がにじむ。
日本最大級のダムが神奈川県に! 宮ヶ瀬ダム
というわけで手始めに現実感のあるスリルを味わったあと、ふたたびヴェゼルに乗り込み次のダムへ向かった。
山道を30分ほど走ると、巨大な湖が目の前に広がる。神奈川県の生活用水ほとんどをカバーする水がめ、宮ヶ瀬ダムの貯水池である宮ヶ瀬湖だ。
駐車場に車を停めると、目の前には2000年に完成し、およそ2億立方メートルの水を支える宮ヶ瀬ダムの本体が鎮座している。
宮ヶ瀬ダムは高さ156m、幅が375mという関東地方でも最大級の重力式コンクリートダムで、その本体は日本のダムでコンクリートをもっとも多く使用して造られている。
高さ156mは東京タワーの大展望台とほぼ同じ、幅375mは16両編成の新幹線のぞみの15両分にあたる長さ、という説明で規模が想像できるだろうか。
目的は相模川下流の洪水調節と、神奈川県内の約3分の2の地域へ送られる上水道用水の供給、そして発電などである。
特に上水道用水は川崎市から東京湾や相模湾に沿って二宮町までのエリアに送られているので、人口で言えば神奈川県内のかなりの割合の人が宮ヶ瀬ダムからの水を使っていると言える。このダムの完成で神奈川県内はほぼ渇水の心配がなくなったとまで言われているほどなのだ。
ダムの上の通路も先ほどの道志ダムと比較にならないほどの幅で、歩行者専用だけど4車線の道路くらいの広さがある。しかもダム本体の厚みはこの部分がもっとも薄く、下に行くにつれて増してゆき、いちばん下の部分の厚みは高さの数字を超えて180mもある。
それだけどっしりと腰を据えて水圧に抗っているのだ。
本体上の通路を真ん中付近まで歩いて欄干から顔を出すと、ちょっと普通の生活では味わえない、高さが100m以上ある絶壁を上から覗く絶景を見ることができる。
あまりの高さと非現実感に、覗いた瞬間に腰が引けて笑いながら後ずさる人々をこれまで何人も見てきた。これはぜひ体験していただきたい。
ちなみに天気が良い日には、はるか下流に横浜ランドマークタワーをくっきり見ることができる。
宮ヶ瀬ダムは日本のダムでも1、2を争うほど観光地化が進んでいて、超巨大なダム本体の上から下を覗くだけでなく、真下から見上げることもできる。
ふだんはダム本体の内部にある一般解放されたエレベーターに乗って上と下を行き来できるのだけど、残念ながらコロナ禍で現在はエレベーターの開放が中止されていた。
ここであきらめなくても大丈夫。もう一つダムの下に降りる方法がある。
なんと本体の傍に、工事中に資材運搬で使用していたものを改装した観光用インクライン(ケーブルカー)が設置されているのだ。
有料だけど、超巨大なダム本体をゆっくり眺めながらダムの真下へ降りることができる。
インクラインの駅から出て背後を振り返ると、「日本のダムでこれ以上迫力のある景色はないのではないか」と思えるほど巨大な宮ヶ瀬ダムの本体が目の前に立ち塞がっている光景が見える。
この超巨大なコンクリートの壁の向こう側には、芦ノ湖とほぼ同じおよそ2億立方メートルの水が貯まっていると考えると自然と心拍数が上がる。何を隠そう20数年前、この姿を見て私はダムの深い沼にどっぷりとはまり込んだのだ。
道志ダムとは違って宮ヶ瀬ダムの外観には放流用の水門が見えない。真ん中のあたりに鼻の穴のように2つ開いている放流菅の内部に設置されている。
この穴は大雨のときの洪水調節で放流するための設備だけど、定期的に「観光放流」も行われている。
ダム本体の真下に架かる橋の上に立って放流を眺めていると、あれだけ高い位置から放流された水が落ちる勢いで風が巻き起こり、水しぶきも飛んできてずぶ濡れになるけれど、なぜだかテンションが上がるのでぜひ体験していただきたい。
宮ヶ瀬ダムのトレードマークと言えるほど印象的な、本体のいちばん上に開いた3つの大きな口は、ダムが洪水調節をし続けても雨が止まず、貯水池の容量がいっぱいになったときに放流するための設備。例えるなら、洗面所のボウルに水を貯めたときにあふれ出さないように開いている穴と同じ役割だ。
ファンとしてはぜひここからの放流も見てみたいところだけど、本体が完成して安全確認のため試験的にいちど満水にしたとき以来、本格的な運用に入ってからは使われたことがない。ここから水が流れ出るようなときは恐らく大規模な洪水が起こっていることは間違いなく、ダム好きとしてはものすごいジレンマを抱えている。
ふたたびインクラインで本体の上に戻ると、目の前に「水とエネルギー館」というダムの資料館が建っている。
宮ヶ瀬ダムは神奈川県中の小学生が社会科見学に来るそうで、ここで水道や電気などの仕組みを学ぶのだという。資料館は大人が見ても楽しいけれど、ここはまず受付で無料配布されているダムカードを受け取ろう。
ダムカードはトレーディングカード型パンフレットで、表面にダムの写真、裏面にスペックや解説などが書かれている。
配布しているのは宮ヶ瀬ダムだけでなく、現在全国でおよそ800基(ダムは1基、2基と数えます)のダムがダムカードを作成している。
デザインが統一されているので1枚手に入れるとコレクション欲が湧き上がるし、期間限定ダムカードを発行するダムなどもあるので、ダム好きだけでなく親子連れやカードコレクターなどもダムをめぐるようになったという。
ダムめぐりのランチはダムカレー!
さて、朝から2基のダムを見てだいぶお腹が空いてきたのでお昼にしよう。ダムめぐりのお昼と言えば、今や定番となったのがダムカレーである。
ダムカレーとは、ライスをダム本体、ルーを貯水池に見立てたカレーで、地元食材などを使ってダムを表現したダムカレーが全国的にブームとなり、各地のダム近くのレストランで食べることができる。
今回行ったのは、宮ヶ瀬ダム湖畔で旅館も営業されている「みはる」さんのレストラン。
宮ヶ瀬ダムの特徴であるあの3つの大きな口がトンカツで再現された見た目にも楽しいカレーは、濃厚なルーであの分厚いダム本体(ライス)があっという間に隠れてしまった。
癒し系だけど隠れマッチョな三保ダム
お腹もいっぱいになったところで次のダムへ。
3基めは少し西に移動して、本日のダムめぐりの最後となる三保ダムだ。宮ヶ瀬ダムからおよそ1時間20分くらいの距離。
三保ダムと言うよりは、貯水池名の丹沢湖の方が有名だと思う。
目的は洪水調節と、上水道用水の供給と発電。上水道用水は宮ヶ瀬ダムが供給できないエリアを担っている。
三保ダムではまずダム本体の下にある駐車場に車を停め、桜が満開の美しい公園の中を歩いて行くと、奥の方に築山のような盛り上がりが見える。
実はこれが三保ダムの本体である。
三保ダムはコンクリートではなく、土や岩を積み上げて作る「ロックフィルダム」という型式を採用している。
もう少し具体的に構造を説明すると、粘土質の土で川を遮るように壁を立てて水をせき止める。しかし粘土の壁だけでは強度がないため、上流側と下流側両方から岩を積んで山を造り、その岩山で粘土の壁を挟むことで大量の水をせき止める強度に仕上げるのだ。
想像するのが難しければ、カステラの生地であんこを挟んだお菓子「シベリア」を思い出してほしい。あんこが粘土の壁、カステラが岩の山である。
ちなみに今回のダムめぐりでは出てこなかったけれど、高さ日本一で有名な黒部ダムのような、コンクリートの壁がゆるやかにカーブしたアーチ式コンクリートダムという型式もある。
アーチ式コンクリートダムは、まるで両手壁ドンをするように左右の山でふんばって水圧を支えているため、建設地点の地盤が非常に強い場所でなければ造ることができない。その代わり、コンクリートの使用量が少ないので建設コストを低く仕上げることができる。
だから、日本でダム建設が最盛期だった昭和30〜40年代には各地でアーチ式が造られたのだけど、現在ではそんな条件のいい谷間はほとんどなく、現時点で建設中や計画中のダムでアーチ式のところはもうない。
逆にロックフィルダムは、建設地点がアーチ式による水圧や重力式の重さに耐えられないような弱い地質の場所でもダムを造ることができる型式だ。しかし、ロックフィルダムも現在建設中の3基が完成すると、今後新たに造られる予定はない。
ところで、ふつうロックフィルダムの本体は石垣やピラミッドのように積み上げられた岩が見えるのだけど、三保ダムの本体は一面植物を纏っていてロックフィルダムっぽくない。しかしインダストリアルな道志ダム、ひたすら強大な宮ヶ瀬ダムのようなダムがあるいっぽう、三保ダムみたいな癒し系ダムもある。
最初に書いたように、ダムは建設地点の地形や地質によっていろいろな種類の型式がある。また、地形や川の流量、ダムの目的などによって外観や放流設備の種類や規模が変わってくる。そして、それらの要素が混ざり合って構成されるダム本体はふたつと同じ形のものがない。では地図に載っているこのダムはどんな形なのか。ダムを「めぐる」意味はここにあるのだ。
周囲の地形に溶け込んだような三保ダムの本体を横目に見ながら先に進むと、非常に立派な斜張橋が架かっているのが見えてくる。
橋の上に立つと、目の前に道志ダムより高さがあって、宮ヶ瀬ダムより数が多い、ものすごい迫力の放流設備が設置されている。
優しそうな草食系の友達が着替えで上着を脱いだらものすごい逆三角形の身体だった、というような、一面草に覆われた本体のイメージからは想像がつかないガチムチダムなのだ。
いったん車に戻って今度はダムの上へ。本体の脇にある管理事務所でダムカードをいただき、本体の上の道路を歩いて放流設備の上へ向かった。
三保ダムは高さが95mもあるけれど、ロックフィルダムで斜面がなだらかなので、下を覗いてもスリルは感じない。
向こう岸までは587.7mもあって、往復すると1km超えるのでなかなか良い運動になる。重力式のように高さのスリルがあるダムも良いけれど、暖かな日の夕方、こんなのどかなダムの上をのんびり歩くのもとても良いのだ。
まとめ
というわけで、1日神奈川県を走り回って3基のダムをめぐってきた。3基とも大きさや形がまったく違うので飽きずに楽しめるコースではないかと思う。
もし少しでもダムに興味が出て、ほかのダムはいったいどんな規模や形なのか、と気になったあなた、全国にはおよそ2,800基のダムがあるので、うかつに踏み込むとはっきり言って一生ものの趣味となってしまう恐れもあるけれど、まあそれも良いんじゃないかな。
ダムをめぐるということは移動することであり、つまり全国を旅するということになる。私はこれまでダムめぐりで47都道府県に行き、さらに海外にまで足を伸ばしてしまった。それは極端な例としても、そこへ行かなければ見ることのなかった絶景、美味しい食べ物、癒しの温泉などを組み合わせながらめぐるダムめぐりの旅は至高である。
ダムカレーやダムカードのブームもあって、放流を行うイベントも増えている。ぜひ愛車と一緒にダムめぐりの旅に出かけてみよう。
- 今回の記事で使用したクルマ
- VEZEL e:HEV Z 4WD
ボディーカラー:プレミアムサンライトホワイト・パール
純正アクセサリー装着車 Casual Style
■VEZELの純正アクセサリーの詳細はこちら
https://www.honda.co.jp/ACCESS/vezel/
■今回取材したダムについて動画で詳しく知りたい方はこちら
https://youtu.be/DLtYDMu36Ig
文 / 萩原 雅紀
写真 / KEI KATO(ヒャクマンボルト)