本との偶然の出会いを生み出す。移動式本屋「BOOK TRUCK」ができるまで

移動式本屋「BOOK TRUCK」と店主の三田修平さん

公園や駅前、屋外イベントなど、場所に合わせて品ぞろえを変える移動式本屋「BOOK TRUCK」。店主の三田 修平さんが生み出す“本のある空間”に、多くのお客様が足を止め、目に留まった1冊に手を伸ばします。今では人気アーティスト・YOASOBIともコラボしている、「BOOK TRUCK」が始まったきっかけは何だったのか。移動式本屋ができるまでを聞きました。

三田 修平(みた しゅうへい)さん

三田 修平(みた しゅうへい)さん
移動式本屋「BOOK TRUCK」店主
TSUTAYA TOKYO ROPPONGI(現六本木蔦屋書店)で働いたのち、CIBONE青山店(現在は移転)、SPBS(SHIBUYA PUBLISHING & BOOKSELLERS)での店長経験を経て、2012年に移動式本屋「BOOK TRUCK」を立ち上げる。2022年より、自身も暮らす若葉台団地(横浜市旭区)内に書店〈BOOK STAND 若葉台〉をオープン。
Instagram:@book_truck , @bookstand_wakabadai

目次

 

遅咲きの本好き、大学2年生で「本を仕事に」を志す

この日取材に訪れたのは、横浜の郊外にある公園。新緑の爽やかな空間に、レトロなパステルブルーのバンが溶け込んでいます。イベント出店中の移動式本屋「BOOK TRUCK」の店主・三田 修平さんが「Yokohama Nature Week 2025」の開店準備に勤しんでいました。

三田さんは、「立ち上げた当初は、移動式本屋による空間づくりのニーズがここまで広がるとは思っていなかった」と話します。バンから広がる“本のある空間”に魅せられ、多くのイベント主催者が「ぜひうちにも来てほしい!」と依頼してくるのだそう。

出店準備で本棚を外に運び出しているBOOK TRUCK店主、三田 修平さん

イベント出店準備中のBOOK TRUCK店主、三田さん

そもそも三田さんが「本屋を作りたい」と思ったのは大学2年生のときでした。子どもの頃から本の虫だった……というわけではまったくなく、本格的に本を読み始めたのは大学に入ってから。遅咲きの本好きだったといいます。

「大学には、公認会計士を目指して進学したんです。高校の頃から、集団の中で自分をアピールすることが苦手で、一般企業への就職活動なんて絶対できなさそうだった。そんな自分が仕事に就ける方法は何だろうと考え、得意な数学を生かして資格を取ればいいと思ったわけです。勉強を始めると金融関連の本を読むようになり、偶然出会ったのが高杉 良さんの経済小説『金融腐蝕列島』でした」

それまで本好きでも読書家でもなかったからこそ、世の中にはなんて面白いものがあるのだろうと衝撃を受けた三田さん。高杉作品を読み漁る中で、「金融に関する話だから面白いのではなく、小説というもの自体が面白いのだ!」と、当時流行っていた伊坂 幸太郎、村上 春樹、村上 龍作品などを読破していきました。気づけば大の本好きになり、“好き”を仕事にできないか、と考えるようになっていったと話します。

BOOK TRUCK内の本棚に本を並べる三田 修平さん

「本好きとしては遅咲きだった」という三田さん

「大学に入学した2001年に9.11(アメリカ同時多発テロ事件)が発生したことも、少なからず影響しています。それまで良しとされてきた世界が崩れていったというか、前提を疑うようになって……。公認会計士になり、効率よく稼げたらいいなと思っていた自分に対して、本当にそれでいいの? と思うようになったんです。

大学生になって本を読み始めたので、本を読まない人の気持ちもわかります。小さなきっかけから本の世界が広がっていった自分のように、ちょっとした出会いから本を好きになる人が増える余地はたくさんあるはず。そう考え、大学2年生の頃には、気軽に本と出会えるBOOK CAFEのような場を作ろうと決めていました」

 

「棚を編集する」という考え方に触れた書店員時代

大学卒業後、本屋の経営を学ぶべく働き始めたのが、「TSUTAYA TOKYO ROPPONGI」(現六本木蔦屋書店)。コーヒーを飲みながら本を読めるという、本屋の新しい在り方を示したTSUTAYA TOKYO ROPPONGIは、三田さんにとって「求めていたBOOK CAFEはまさにここ」と思える空間でした。

「アルバイトスタッフとして、たった2年間の勤務でしたが、本屋経営の難しさと奥深さ、楽しさはすべてここで学んだ気がします」

特に大きな影響を受けたのが、売り場のディレクションを務めたブックディレクター・幅 允孝(はば よしたか)さんとの出会いでした。幅さんの「棚を編集する」という考え方に触れたことは、移動式本屋「BOOK TRUCK」での“本のある空間づくり”につながっていきます。

本一冊一冊は小さなコンテンツですが、棚という空間の中に集めることで、一つの世界を表現することができます。組み合わせ次第でいかようにも形を変えられるところがとても面白くて、TSUTAYA TOKYO ROPPONGI時代は毎日、夢中で棚づくりをしていました」

BOOK TRUCK内の本棚

BOOK TRUCK内に並ぶ本のセレクトは、イベントによって変わる。新刊を中心に古本も取り扱う。

楽しいだけの日々だったと当時を懐かしむ三田さん。その後は、幅さんからスカウトされる形で、インテリアショップ「CIBONE青山店」での本担当スタッフを1年経験。さらに、出版社兼書店という新たなスタイルの本屋「SHIBUYA PUBLISHING & BOOKSELLERS(SPBS)」で店長を務めました。

「自分の本屋を作るために、本屋で学んでいたつもりでしたが、アルバイトの時期が長かったのでなかなかお金が溜まりませんでした。もう一度、公認会計士の資格取得を目指し、会計士としてお金を稼いでから好きなことをやろうと考えた時期もありました。でも、その都度、幅さんが手掛ける面白そうなショップで働かないかと声をかけていただき、店長まで経験させてもらえたんです。ただのアルバイトスタッフだった私をなぜ引き抜いてくれたのか。好きなことに無我夢中だっただけなんですけど、その熱意が伝わったのかもしれません

 

本屋が出向くというスタイル「BOOK TRUCK」の誕生

独立を決めたのは29歳の年。ただ、店舗を構えるにしても、仕入れにはクルマが欠かせず、両方を買いそろえるお金の余裕はありませんでした。移動式本屋という形に行き着いたのは「お金がなかった」ことが一つのきっかけになっているそう。

お店とクルマを買いそろえるのはキツイですが、クルマを書店にしてしまえば、目指していた本屋の在り方を実現できるのではないか。アイデアが自然と集約していって生まれたのが『BOOK TRUCK』だったんです」

「BOOK TRUCK」出店準備中の三田 修平さん

最近では本にまつわるエコバッグやTシャツなどのグッズも販売している

「SPBSでの店長時代から、屋外でのマルシェなどに本屋を出してほしいと依頼されることがありました。でも、本を外に持ち出すのはハードルが高いんです。物理的に重たいし、行った先で什器も必要になります。そもそも本は利幅が薄いので、店舗運営の他に、新たにコストをかけて屋外書店を開く余裕はありません。
結果としてほとんどの依頼を断っていましたが、本屋に人を呼ぶのではなく、本屋が出向くという形には興味を引かれていました。行った先にしか生まれない出会いや結びつきがあるだろうと思っていたからです」

固定店舗であれば日常的に利用するお客様向けの本を置く必要があるので、例えばアートブックを置きたいと思っても、ニーズがなければ難しい。でもイベントに出向くのであれば、その場に応じた本のセレクトができ、あらゆる事柄を扱う本ゆえの多様な棚づくりができるだろうと考えたのだそうです。

「BOOK TRUCK」出店準備で、外の本棚に本を並べる三田 修平さん

この日はイベントのテーマ「ネイチャー」に合わせて、自然にまつわる本をセレクト

現に、屋外のイベントであろうとも、本を求めてBOOK TRUCKの元へは客足が絶えません。

BOOK TRUCKの外の書棚前で本を読む親子

車内・車外ともにBOOK TRUCKの周りにはお客さんが引き寄せられるように集まる

さらに本との偶然の出会いを演出する「ブックガチャ」というユニークな装置も。「ブックガチャ」はあらかじめセレクトされた何人かの作家の著書が当たる、三田さん考案の“書店ならではのカプセルトイ”です。

ガチャガチャを回す親子

ブックガチャの文庫本は500円、単行本は1000円の設定

当たった本を渡す三田さん

何が当たるかわからないワクワク感は、大人も子どもも一緒

大学構内でブックガチャを実施したときには、行列ができてあっという間に売り切れたのだそうです。本との偶然の出会いは、人の潜在意識が求めているのかもしれません。

 

本屋は儲からない。それでもリアル書店にこだわるワケ

本好きでありながらも「本は利幅が薄くて儲からない」と話す三田さん。書店勤務を経てその現実を知ってなお、本屋を作ることにこだわった理由は何だったのでしょう。

どんなにネット通販が広がっても、買い物をしている時間が楽しいというリアル店舗の価値には追いつかないと思うからです。私が子どもの頃、住んでいた団地には移動図書館が来ていました。本を読む子どもじゃなかったのに、クルマの中に本が並んでいる空間にワクワクしました。楽しかった思い出として今も記憶に残っています。『BOOK TRUCK』はそのときどきで並んでいる本が違うので、一期一会が生まれる空間になっているかと。それこそが、リアル書店にしか提供できない出会いだと思っています」

移動式本屋「BOOK TRUCK」が立ち上がった2012年から13年。その間に、街の本屋はどんどん姿を消していっています。一方で、「本屋さんで過ごしたい」「本を手に取って選びたい」という思いが消えることはなく、イベントからの出店依頼が途切れることはありません。

数あるイベントの中でも常連の一つになっているのが、YOASOBIのライブ会場への出店です。

「きっかけは、2022年にYOASOBIの事務所の方から連絡をもらったことでした。『小説を音楽にするというプロジェクトから誕生したYOASOBIの世界観を、ライブ以外で表現したい。今まで楽曲にしてきた本とともに移動式本屋でライブ会場を回れないか』という相談でした。そんな、自分でも想像できない出会いの広がりは、本屋が“移動する”という在り方だから生まれたものだと思っています」

YOASOBIのライブで出店するBOOK TRUCKの様子

YOASOBIのライブではAyaseさんやikuraさんがセレクトした本が並ぶ(写真提供:BOOK TRUCK)

バンの側面には「旅する本屋さん YOASOBI号」と書かれている

YOASOBIのライブでは「旅する本屋さん YOASOBI号」として出店している

YOASOBI号を訪れるのは、もちろんYOASOBIのファンたち。「活字離れと言われる若い世代に、本に興味を持ってもらえるいい機会になっています」と三田さん。

「BOOK TRUCKを始めた当初はイベント出店料をこちらが払っていましたが、いつからか、イベント主催者からフィーをいただけるケースも増えてきました。リアル書店が減っていっているからこそ、本がある空間の希少価値が高まっているのかもしれません。でもそんな小難しく考えなくても、私たちはなんとなく、本があったら雰囲気がいいよね、と思うものですよね。TSUTAYA TOKYO ROPPONGIで棚づくりに夢中になり、どんな世界観を作れば喜んでいただけるだろうと試行錯誤を重ねていた経験が、空間デザインや場づくりとしての価値提供につながっているのだと思っています」

すべての経験がつながって誕生した移動式本屋「BOOK TRUCK」は、三田さんの、お客様一人ひとりに向き合う優しさが感じられる空間になっています。

取材中も、ゆっくりと言葉を選びながら、思いがきちんと伝わっているか確認しながら対話を進めていく姿が印象的でした。

後編では、移動式本屋「BOOK TRUCK」のつくりかたと、団地内に誕生したリアル書店「BOOK STAND若葉台」の立ち上げについて詳しくお話いただきます。

 

文/田中 瑠子
写真/やまひらく
編集/くらしさ(TAC企画)
撮影協力/Yokohama Nature Week