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憧れの職を辞め、気仙沼でゲストハウスのオーナーになった理由(「気仙沼ドライブ」番外編)

気仙沼のゲストハウス「架け橋」

気仙沼市で古い民家をリノベーションしたゲストハウス「架け橋」を営む村松 ももこさん。

彼女は小さいころから憧れだった看護師の仕事を辞め、現在は実家からも遠く離れた気仙沼市でゲストハウスのオーナーをしています。そこにはいったいどのような理由があったのでしょうか? 彼女の人生が変わった瞬間を紹介します。

便利で何でもある当たり前の生活から少し離れてみたくなった

――気仙沼に来る前は何をしていたんですか?

村松さん(以下、村松):横浜で小児病院の看護師として2年半働いていました。小学校のときに入院をした経験があり、そのときに看護師のお仕事に憧れを抱いたことが看護師を目指したきっかけです。

 

――憧れだった職業につくことができたんですね。辞める際は悩みませんでしたか?

村松:看護師はやりたいと思えばまたいつでも戻ることができると思っていたので、あまり悩みませんでした。看護の仕事は好きでしたし、自分に合っていたと思います。

でも、当時は「このままの生活を続けていていいのかな?」という、漠然とした疑問や不満を抱えていました。……今改めて振り返ると、便利で何でもある当たり前の生活から少し、離れてみたくなったんだと思います。

 

――なるほど。目標は叶ったけども、一度自分の人生を立ち止まって考えてみようと思ったということですか?

村松:そんな感じだったのだと思います。本当に漠然としていますが、このままの生活スタイルで30歳になるのは嫌だなと考えていました。それで仕事を辞めて、家財道具は静岡にある実家に送り、看護師寮を出て、旅に出ようと決めました。

 

――住まいも引き払ったんですか?

村松:そうです(笑) 必要最低限の生活の道具をもって、2015年の夏、旅に出ました。行き先は決めずにまずは北上することだけを決めて。

 

――大胆ですね!(笑) もはや旅行ではなく、本当に旅人。

村松:そうですね、帰る場所も閉めたので旅そのものが私の生活でした(笑) ですので、気になる場所があったらその街で過ごす、ときには生活をする、という感じの旅でした。

行った先で出会った方々に「ここは行ったほうがいいよ」など情報をいただいたときは、その場所を目的地にすることもありましたが、それ以外は何も決めていませんでしたね。

 

――まさに着の身着のまま、風吹くままですね。一人旅は昔から好きだったのでしょうか。

村松:一人旅は好きですが、一人で行動するのではなく、人と出会うことが好きです。旅先で知り合った方のクルマに乗せてもらったり、友人の家に泊まったり、ときには行った先で出会った方の家に泊めてもらうこともありました。

 

――村松さんにとっての旅とはなんでしょうか?

村松:目的地を決めて出かけることや、ガイドブックに載っている場所へ行くのは、自分にとって楽しい旅ではないんです。私の旅は、その土地で暮らす人に触れてみたいという思いが強いですね。

ゲストハウスに泊まるのも好きで、よく学生の頃から利用していました。いろいろな仕事、いろいろな世代の方々が集まってくるので、普通に暮らしていたら絶対に出会えない人たちと出会える場所なんです。その旅の途中で立ち寄った場所が気仙沼です。

旅の途中で立ち寄った気仙沼、そこでの出会いが今の「架け橋」につながった

気仙沼のゲストハウス「架け橋」のオーナー:村松ももこさん

――気仙沼は旅先のひとつだったんですね。

村松:2015年の夏、気仙沼で2週間くらい過ごしました。そのときに過ごしたのが、現在私が運営しているゲストハウス「架け橋」の前身となる、学生ボランティアの宿でした。その宿を運営していたのが、NPO法人代表の田中 惇敏さん。彼は被災地に訪れる学生ボランティアが長期滞在できる安い宿が少ないという現状を見て、古民家をリノベーションして宿を運営していました。

 

――田中さんとの出会いがゲストハウス架け橋のはじまりなんですね。

村松:そうですね。滞在中、「将来、自分でゲストハウスをやりたいんですよね」と、田中さんと話をしたことがきっかけです。2015年当時、訪れるボランティアの数も減ってきたこともあり、学生ボランティアの宿としての役割も終えつつあったタイミングでした。

田中さんは宿を閉めるか、それとも他の利用方法があるのかちょうど悩んでいた時期でした。それからまたしばらく私は旅を続けていたのですが、旅も8カ月が過ぎ、そろそろ、どこかの土地に落ち着こうかなと思ったタイミングで、田中さんから私がゲストハウスをやるなら応援します、という連絡をいただきました。

 

――まさにタイミングですね。

村松:本当にそう思います。気仙沼の街を気に入ったことも大きな理由のひとつです。街の雰囲気が本当に素敵でした。震災があったことで、各地から集まってくる個性豊かなボランティアの方々は本当に頼もしく面白い方が多く、何より街を元に戻そうと懸命に奮闘している姿が素敵でした。

街の方々も強くて優しい人ばかりで気仙沼の人が好きになりました。プラス、田中さんとの出会いや宿がちょうど分岐点を迎えていた点も含めて、すべてのタイミングがそろっていたと思います。

 

旅行者も地元の方もいつでも「おかえり」と迎えてくれる場所

気仙沼のゲストハウス「架け橋」

 

ーーーオープンまで半年かかったと伺いましたが、大変だったことは?
村松:みなさんにとって帰って来られる場所になって欲しいと思い、業者さんに任せるのではなく、ボランティアさんや地域の皆さんの手を借りて、ボランティアの宿をゲストハウスへとリノベーションしました。当時はまだ気仙沼に住み始めたばかりで、水道管が凍って水が出ないとか、下水が通っていないとか、そういった暮らしの中で起こるハプニングに対しての対応力が自分になくて苦労しました。

 

――苦労を経て、村松さんに心の変化はありましたか?

村松:改めて本当にこれまでは全て用意されていた世界で生きていたんだなと思いました。大げさかもしれませんが、昔は周りに「生かされていた」という言葉がしっくりきます。でも今は何かあれば自分で考えて物事に対処し、「生きよう」としなければ生きていけないことを学びました。

また、ときには人に頼ることも大切だということも知りました。だからこそ、自分も誰かのためになりたい!と思うことがごく自然に増えていきました。

 

――村松さんご自身のやりたいことは?

村松:じつは私は、自分自身がこれをやりたい!という思いは特にないんです。周りがやりたいという想いにのっかって、それを実現するために動くほうが自分には向いている。だから今は大好きな気仙沼の人たちがやりたいことをいっしょにやっていきたいと思っています。

 

―――ゲストハウスの空いている時間を活用して昼間に営業している絵本カフェも周囲からの要望があってはじめられたことですね。

村松:はい。田中さんから「地域に何か還元できることをしたい」と言われてスタッフと話し合ったときに、子供とお母さんの居場所を作ったらどうだろうという案が出て作ることにしました。地元の方に向けて、絵本カフェを担当してくれる方を募集したところ、半沢さんが入ってきてくれました(下部コラムで紹介)

 

気仙沼のゲストハウス「架け橋」
 

――はじめてゲストハウス架け橋のホームページを見たときは、復興のために誕生したゲストハウスだと思っていましたが、全く違うんですね。

村松:私自身は復興という概念はないですね。確かに背景には震災があることは事実で、今は地域の方々と一緒に取り組んでいることはありますが、それはボランティアでも何でもなく、復興支援をしている気持ちは私にはありません。ただ、私の暮らしが気仙沼にあるということです。

 

―――最後に、ゲストハウス架け橋で大切にしていきたいことは何でしょうか。

村松:架け橋は、旅行で訪れる方が第二の故郷としていつでも帰ってこられる場所にしたいなって思っています。そしてその空気感は、ここに訪れる人たちが作っていると思うので、私自身はそれを大切にしていきたいですね。

 

絵本カフェ「架け橋」代表 半沢 裕子さん

絵本カフェ架け橋代表 半沢 裕子さん

絵本カフェ架け橋代表 半沢 裕子さん

「ゲストハウス架け橋の空いている時間を活用して、地域のママの雇用につなげようと考えてはじまったのが絵本カフェです。ゆっくり過ごしていただける場を用意することはもちろんですが、絵本カフェではお客さまとのコミュニケーションをとても大切にしています。愚痴や相談などいろんな話をしたお客さまが、すっきりと笑顔で帰っていく姿を見るとすごくうれしいです」

「またお客さまのお子さまの成長していく姿を一緒に見られることも、幸せな気持ちになります。気仙沼では気軽にお子さまを預けられる施設がないので、今後は一時預かりができる施設を作ろうと考えています。そうすることで気仙沼が子育てしやすい街になれるようにしていけたらと思っています」

 

 

気仙沼ゲストハウス「架け橋」を訪れて

子供たちのはしゃぐ声、お母さんたちのおしゃべり、キッチンで調理する音。ほんわか優しい空間に、まるで陽だまりのような場所だなぁと思ったのが最初の印象でした。

実際お話を伺うとオーナーの村松さんも、架け橋で働くスタッフの方も、その日、絵本カフェに訪れていた地元のお母さん、子どもたちもみな、温かい方々ばかり。村松さんの言葉通り、ゲストハウスに訪れた人々が、この“陽だまり”のようなほっとする空間を作っているのだと思います。旅行者には第二の故郷として、地元の方には交流の場として、気負いなく、優しく、ゆるゆると、気仙沼ゲストハウス架け橋は続いていくのだと思います。再び気仙沼に訪れた際には「ただいま」と引き戸を開けたいなと思った訪問でした。

 

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文/鈴木 珠美
写真/小林 克好