「移動式銭湯」と聞いてどんなものを思い浮かべますか?
トラックを改造した移動式銭湯を制作し、全国を旅する”桶の旅人”のもとを訪ねました。
埼玉県某所。明らかに怪しいクルマを発見。
車体には銭湯のような大きな富士山の絵と「世界一周」などの文字が描かれ、ただものではないオーラを放っています。
「桶の旅人♨️」と書かれたクルマのドアを開けて登場したのは、移動式銭湯の番頭・三宅天真さんです。
アフロの髪型、法被と下駄、手には風呂桶と提灯…いろいろと気になることが多いですが、まずは彼のプロフィールをご紹介します。
- 三宅 天真(みやけ たかなお)さん
- 1995年11月2日生まれの27歳。埼玉生まれ埼玉育ち。ニックネーム(別名)は桶の旅人、桶、てんしん、天ちゃん など。
- Instagram @mobilesento
昔から旅が大好きで大学時代には47ヵ国ほど世界中を一人で巡っていた三宅さん。大学を卒業後から、移動式銭湯の活動を開始し、日本各地を移動式銭湯で旅しています。
色々とインパクトがすごいです! この格好は移動式銭湯の衣装ですか?
天真さん:これが私服なので、いつもこの格好です。
(ちょっとやばい人に取材に来てしまった…)手に持っている桶と提灯が合体したものは何でしょうか?
天真さん:これが自分の貴重品バッグです。提灯を出すと普通の桶として使えます。
なるほど、提灯の中に私物が入っているのですね。
海外へ旅を始めた頃から8年ほどこのファッションスタイルで、大学にも下駄で通っていたとのこと!
いまお仕事などはされているのですか?
天真さん:いまは移動式銭湯だけをやっているので、スティーブ・NO・ジョブズです。
なるほど…?
風貌からして相当変わっている方ですが、お話してみると普通のような普通じゃないような? 外見の派手さよりも、ずっと穏やかで落ち着いている印象です。
移動式銭湯とは?
早速ですが「移動式銭湯」について教えてください。 中はどういう仕組みになっているのしょうか?
天真さん:トラックの上に木の枠を組み、荷台にヒノキ風呂と釜を乗せています。釜の火に薪をくべる昔ながらの方法でお湯を沸かしています。基本的には足湯で入ってもらうお風呂です。
薪沸かしとは、まさに銭湯の番頭!
煙突があるので、天井にはその部分だけ穴が空いています。 水は現地で調達していて、旅先で出会った方に分けていただいたり、温浴施設の方に温泉を分けていただくこともあるようです。
見た目からして手作り感満載の移動式銭湯ですが、ご自身で作られたのでしょうか?
天真さん:地元のホームセンターに通いながらDIYで作りました。制作には約半年かかりました。
大学卒業後、まずは教習所に通って運転免許を取り、トラックを購入するところからスタート。移動式銭湯を作るためのヒントやノウハウを探しに、銭湯でバイトしたり、大工さんの手伝いなどをしていたこともあったそうです。
大きな富士山の絵があることで、クルマなのに銭湯って感じがします! このペンキ絵もご自分で描いたのですか!?
天真さん:自分で描きました。日本に数少ない銭湯ペンキ絵師「丸山清人」さんの絵画教室に行き、描き方を教わりました。
絵画教室で小さな富士山を描いて、その後こんなに大きなサイズの富士山を描けてしまうのって、素人ではなかなかできることではないですよね…遠くから見てもとても綺麗な富士山です。
ちなみに、そこら中にベルがたくさんあるのはなんでですか? 富士山のような絵がついたものもありますね。
天真さん:初対面の人たちとの会話中、例えば今のように何か質問された時にまずベルを鳴らすと大体ウケます。旅先で出会う子どもたちには、銭湯よりもベルの方が人気があります(笑)ベルを富士山に見立てて自分で色を塗って作ったのが、富士山ベルです。
法被や桶と同じように、学生時代から持ち歩いていたそうで、ベルは三宅さんにとってのコミュニケーションツールのひとつのようです。
移動式銭湯は2019年5月5日に完成。 ここから三宅さんの人生をかけた挑戦が幕を開けました。
デビューは東京のど真ん中!
移動式銭湯が最初にやってきたのは世界中からたくさんの人が集まる場所、渋谷駅! 道行く人々や外国人観光客が、突如現れた銭湯に何事だと興味を持って足を止めました。
入浴料はないのですか?
天真さん:入浴料は無料です! ただし入るには法被を着てもらいます。
三宅さんと同じ法被スタイルになるのですね!
天真さん:みんなで“はっぴ”で“ハッピー”です。
「服を脱ぐ」代わりに、移動式銭湯では「法被を着る」ことで、様々な肩書きやバックグラウンドを持つ人々がフラットな関係になれると三宅さんはいいます。性別も職業も人種も異なる人々が「移動式銭湯」を通して偶然出会う光景が面白く、毎週開催していたそうです。
人間裸になれば皆一緒
なぜ「移動式銭湯」をやろうと思ったのでしょうか?
天真さん:旅とお風呂が好きだったので、海外で「動くお風呂」を作ったらおもしろそうだと思いました。
大学の先輩のすすめで海外に行ったことをきっかけに、世界中でバックパッカーの旅をするように。 せっかくなので日本のイメージが伝わる格好にしようと思い、法被を着て提灯と、風呂桶を持って行ったのがきっかけでこのファッションが私服になったという。
写真をみると、このときにはもう現在の法被スタイルが完成していたのですね!
天真さん:法被を5着くらい持っていってたんですけど、旅先で出会った人々に法被を着せてみたりしていました。全く違う人種や国の人たちなのに、ただ法被を着て”ハッピー”な奴らだなくらいの、その場だけかもしれないけど垣根がないような関係になるのがおもしろくて。
あとから考えると、当時の自分にとって「みんなで法被を着て同じ時間を楽しむ」ということが「みんなで裸で入る銭湯」だったのかなと思います。
お風呂についての勉強を始め、温泉ソムリエや入浴指導員の資格を取得。 気付けば大学を卒業し、移動式銭湯へまっしぐらになっていたそうです。
日本全国の旅へ
2020年、新型コロナウイルスが本格的に日本に到来。渋谷のストリート銭湯は幕を閉じ、準備を進めていたイギリス留学も白紙になってしまいます。
天真さん:当時はライターの仕事をしていたのですが、留学のため仕事を辞めた次の日に、イギリス留学ができなくなったとの連絡がありました。悪いことは重なるようで、トラックのエンジンが故障するなどトラブルにも見舞われました。このときの何もできなくなって暇すぎる時間に、富士山ベルなどを生み出していました。
エンジンも修理し、気を取り直して日本を旅することにした三宅さん。東北から全国をまわる旅をスタートさせます。
天真さん:その地で出会い仲良くなった人が、「ここに行くならこの人のところに行って!」と次の地での知り合いを繋いでくれるという連鎖で、地元の人を中心に移動式銭湯に人が集まってくれました。
各地を旅をしている中、知人から来て欲しい場所があるとの連絡が入り、2020年7月に九州豪雨災害で被害を受けた大分県・天ヶ瀬温泉で、NPO法人のメンバーとして地元の方と共に災害復興活動を行うことに。
天ヶ瀬温泉を旅立つ前、最後のプロジェクトとして復興に向けて歩み続ける人々を元気づけたいと、『川と湯のまち天ヶ瀬』でペットボトルの船作りに挑戦しました。まわりの人には無理だと言われましたが、実験を重ねペットボトルを研究…。
水の上でお風呂に入れる移動式銭湯”湯船”を完成させました!
天真さん:このときの入浴体験は今でも忘れられません。水上でぷかぷかと揺れる船の上で、お風呂に入るとなんとも言えない不思議な感覚で! 空の景色を眺めながら湯船で温まったら、そのまま天然の水風呂の川に飛び込む! 人生で一番よかったお風呂かもしれないです。
天ヶ瀬温泉を離れた後もさらに旅を続け、東北からスタートした移動式銭湯の旅は、西日本、四国、九州をぐるっと周り、2022年12月にデビューの地・渋谷でゴールしました。
夢のNY(ニューヨーク)で入浴への挑戦!
「移動式銭湯」が誕生して5年。次なる目標は、“NY(ニューヨーク)で入浴”!!
天真さん:移動式銭湯を始めた当初から海外でやりたいという気持ちはずっとあったんです。日本ではやり切ったかなと思うので、いよいよ海を渡るぞ! ということでアメリカ大陸を横断する準備をしているところです。
今ある移動式銭湯よりさらに大きい2tトラックを購入。トラックや桶などをアメリカに輸送し、足りない部分は現地で2代目の移動式銭湯を作り上げるそうです。
入浴券の名刺! とっても素敵! これはもらったらうれしいですね。
天真さん:これを持ってアメリカで「NYで入浴」と「法被でHAPPY」の二単語を世界共通語にしてみせます!!
表立って見えていない部分でも、これまでたくさん大変な思いをしながら活動されていると思います。それでも、三宅さんが移動式銭湯で挑戦し続けるのはなぜなんでしょうか?
天真さん:正直、移動しない銭湯が一番好きです(笑)自分にとってこの活動は研究みたいなもので、移動式銭湯はその実験場のような感じです。「人の心が裸になる」ということにとても興味があります。日本での反応は見ることができましたが、やはり実際に海外でより多様な文化やバックグラウンドをもつ人がいる環境で、自分なりの答えを見つけたいと思っています。
旅人であり、アーティストであり、クリエイターであり、哲学者でもある移動式銭湯番頭・三宅天真さん。彼が“NYで入浴”を成し遂げるのを見守っていてください!
文/塚本さくら
写真・編集/カエライフ編集部