
二十歳のときに訪れたニュージーランドで、数々の車中泊仕様のクルマを目にしたことが転機となったイラストレーターのいとうみゆきさん。帰国後にワゴンRで初めての車中泊を経験したのち、2019年末から1年かけてニュージーランド一周の旅へ出かけます。旅のお供は、現地調達した三菱グランディスの「グラ子」。帰国後はエブリイを改装した「白くま」とともに、日本各地を車中泊旅で巡っています。
「おうちが大好き! できればずっと部屋の中にいたい」。そう話すいとうさんが手掛けた、「白くま」の車内空間とは? こだわりのおうちのつくり方をご紹介します。
▼プロフィール

- イラストレーター いとうみゆき
- 埼玉県在住。セツ・モードセミナー卒業。畑と音楽を好み、パーマカルチャーや自然農を学んでいる。著書に『車のおうちで旅をする』(KADOKAWA)がある。
- X @noca_m
- Instagram @nmoytke
- HP ito miyuki's illustration
目次
面倒くさがりでも始められた、エブリイ「白くま」改装
1年間のニュージーランド旅から帰国後に、父から譲ってもらったという旅の相棒エブリイ、通称「白くま」。白いクルマを略したシンプルな命名ですが、丸くてかわいらしいフォルムが白くまという名前にぴったりです。
後部座席を収納すれば「フルフラットになる」ところが、車中泊に最適な白くま。「普通車と比較するとスピードやパワー面で劣るところもありますが、小さくて運転しやすいので、初めて訪れる旅先の狭い道でもラクに運転できるんです」と、いとうさん。

バックドアを開けると、外観からは想像ができない“暮らしの空間”が広がっています。



クルマを改装して日本全国を車中泊で楽しむ――。そう聞くと、工具も使いこなし、ものを測ってつくっていくのが得意な方なんだろうな、とイメージが膨らみます。しかし、本人は「木材を測って切るなんて、すごく苦手!」と笑います。
「白くま」のカスタマイズも面倒くささのあまり、父から譲り受けたあと1年間は放置していたそう。まずは荷室の床板づくりから、重い腰を上げて取り掛かったそうです。
いつでも元に戻せるようにこだわった4人乗り対応設計
いずれ父にクルマを返す予定もあり、設計は元通りに戻せる仕様にこだわりました。
「後部座席を使いたいときもあるだろうなと思い、床板を前後で2枚に分けることにしました。白くまは床板を置くだけでフルフラットな空間をつくれるのですが、そもそも自分で板を切るのが不安で…。リフォーム店を経営している父に相談して全部カットしてもらいました。もう少し、クルマの凹凸に合わせたキレイな曲線にしてほしかったんですけど、やってもらったので文句は言いません(笑)」
仕上げに、防虫・防腐・防水効果のある柿渋を重ね塗り。その上からミツロウを塗りつやを出しました。

車中泊を快適に過ごすために、大切な場所がベッド! 引き出し式の収納スペースを確保するためにベッドの土台をつくり、上にIKEAで購入した子ども用マットレスを載せています。ここでも、いつでも後部座席を使えるように土台を分割式にして、マットレスも上下で半分にカット。
「子ども用マットレスは、わたしの身長にぴったりフィットしたサイズで、白くまにも最適でした。枕元に本棚もつくって、旅先の古本屋で購入した文庫本や自著も複数冊入れています。旅先で出会った人や友人たちに配れたらいいな、と。」


「苦手なことは、得意な方の力をお借りします。DIYとは言えないかもしれないけれど、これがわたし流のものづくりです」
車内からも車外からも使える、オープンキッチン
もう一つのこだわりスペースはキッチンです。
バックドアを開ければ、外から調理ができる折りたたみ式のキッチンテーブルを使うことができます。


車外空間に飛び出る形で机をつくったのは、調理スペースを広くしたかったから。 「外に出ているテーブルなら調理の煙が車内に充満することもないかなと」


キッチン棚には、お皿やお箸、ティーバッグなどが入った引き出しもあります。車外からも車内からも引き出せる仕様なので、雨の日にベッド脇に座ってごはんを食べたいときにも便利です。


塩コショウや醤油などの基本の調味料は、棚に貼り付けた鉄板に瓶や容器をくっつけるスタイル。ニュージーランドで出会った車中泊仲間に教わったやり方だといいます。
「容器の蓋の裏に強力なマグネットを貼り付ければ、棚にくっついていてくれます。調味料をいちいち取り出す面倒くささがなくなって快適です! 運転中に落ちたことはないので、磁力の強いマグネットを使うことをおすすめします」

車中泊の旅は、地域ならではの食材を使って料理ができるのも楽しみの一つ。でも毎食自炊は大変なので、地元のスーパーでお惣菜を買って食べることも多いそう。
「夕方になると、お惣菜って割引になりますよね。安いし、ラクだし、『この地域ではこんなお惣菜があるんだ!』という小さな発見も楽しくて、ついついいろんな種類を買ってきちゃいます。ほかにもお気に入りのラクチンごはんは、トマト缶でつくるパスタ。カップ飯も大好きですし、とにかくラクに心地よく、無理なく旅を続けることが、車中泊を楽しむ秘訣です」

取材中に作っていたのは、オーストラリアを旅したときに出合い、大好きになったアリオリソース(にんにくとオリーブオイルでつくるマヨネーズソース)のオープンサンド。限られた収納スペースからナイフやお皿、まな板を取り出して、さくさくと作っていきます。



市販品も使えるものは使う! ゆる~く無理しない改装のコツ
車内で仕事もできるようにと、最近手に入れたお気に入りアイテムは、ベッド用デスクです。以前はベッドサイドにテーブルを置いていましたが、引き出しからものを取り出す際に邪魔になってしまったり、テーブルに置いておいたものが走行中に落下したりと、使いづらさを感じることが多々あったそう。IKEAで購入したローテーブルは、角度調整ができる滑り止め付きの天板があり、パソコンやタブレットを置いた作業が快適です。

「これを見つけたときは歓喜しました。いつでもベッドに座ってイラストが描けるので仕事がはかどりますし、たたんで収納できるコンパクトさも完璧。車中泊ライフがぐんと便利になりました」

今後改善していきたいのは、ルーフキャリアと太陽光パネルの装着です。ポータブル電源以外にも電力を供給できれば、簡易的な冷蔵庫を置くこともできるからです。
「今はクーラーボックスを使っていますが、暑い季節の車中泊ではすぐに食べ物を傷めてしまいます。1回で食べられる分以外を買い溜めできず、なかなか不便。冷蔵庫が置けるようになったらうれしいですね」

自分だけのお気に入り空間をつくるために、こだわるところはこだわりつつ、大変なところは無理しない。そのバランスが絶妙です。
「例えば頑張って断熱材を入れたとしても、日本の夏はあまりにも暑いでしょう。夏は車中泊はしない! と決めてしまえば、断熱材をわざわざ入れなくてもよくなります。使える市販のものをできる限り活用すれば、工具を使えなくても、細かな作業が苦手でも、誰にでも車中泊ライフを始めることができると思います」


安く、手頃なアイテムを使って、簡単なやり方を探っていく。「これならわたしにもできるかも!」と思わせてくれるいとうさんのゆる~い改装スタイルが、多くのファンを惹きつける魅力なのかもしれません。
文/田中 瑠子
写真/やまひらく
編集/くらしさ(TAC企画)
撮影協力/秋ヶ瀬公園