レトロなクルマが好きな人にとって、永遠のドリームカーともいえる憧れの存在が「ワーゲンバス」。ドイツのフォルクスワーゲン社による「トランスポルター」(商用バン)シリーズの一種で、「タイプ2」と呼ばれる人気のモデルです。
その魅力はなんといっても、かわいい見た目! 丸みを帯びた独特のデザインで、クラシックカーといえばまずこの雰囲気をイメージする人も多いはず。発売から50年以上が経った今でも世界中にファンがいます。
今回ご紹介する中島宏幸さんも、ワーゲンバスに魅了されたひとり。ワーゲンバスのキャンピングカーで、ドライブや車中泊を日々満喫しているそう。中島さんのレトロかわいいキャンプライフと、クラシックカーを楽しく安全に乗りこなすためのポイントについて聞きました!
目次
- 中島宏幸(なかじま ひろゆき)さん
- 1975年生まれ、埼玉県在住の会社員。休日は愛車のワーゲンバス「TYPEⅡ WESTFALIA SO23(タイプ2 ウエストファリア SO23)」でドライブに繰り出す。趣味のキャンプは家族のアクティビティとして始めたものの、最近ではソロキャンパーへと転向。特技はパンとデザート作りで、ヴィンテージアイテムを配したテーブルコーディネートの写真がインスタグラムで人気を博す。旅のお供はボストンテリアのゆずちゃん。
- Instagram @lets_play_outside_cafe/
レトロなオートキャンプが実現する「タイプ2」のワーゲンバス
今日は埼玉県の「長瀞オートキャンプ場」に来ています。レンガ色の地面のキャンプサイトにばっちり映えるこのクルマ……、まるでクラシック映画から抜け出てきたような佇まいです!
中島:これは1961年にドイツで製造されたモデルで、その後はアメリカで乗られていたそうです。ぼく自身は2007年、ワーゲンを専門に扱う中古車輸入販売店で購入しました。
買ったきっかけは、子どもたちを連れてキャンプに行くため。もともと古いアメ車が好きで、それまではシボレーのクラシックカーに乗っていましたが、家族4人で寝泊まりできるクルマがほしいと思ってこのクルマに。費用はいろいろな修理費を含めて500万円程度でした。
こちらはキャンピングカー仕様の「ワーゲンバス」とのことですが、ワーゲンのキャンピングカーとしてよく名前が挙がる「ヴァナゴン」とは何が違うのですか?
中島:フォルクスワーゲン社によるバンタイプのクルマ「トランスポルター」は、製造年によって型式が異なります。1950年の「第1世代」から始まって、モデルチェンジを繰り返し、現在は「第5世代」が販売されています。
いわゆるワーゲンバスといわれるのは「タイプ2」のことで、これは第1世代と第2世代、つまり1950年から79年までに作られたモデル。ヴァナゴンはそれ以降、第3世代からのトランスポルターの呼称です。「Van(ヴァン)」と「Wagon(ワゴン)」を組み合わせた造語としてこの名前が生まれました。
ぼくのクルマは1961年式なので、ヴァナゴンではなくてワーゲンバス。さらに第1世代のため、「アーリーバス」ともいわれます。第2世代は「レイトバス」ですね。
キャンピングカーとしての特徴は、どういう点でしょうか?
中島:このワーゲンバス(タイプ2 ウエストファリア SO23)は、世界的に有名なドイツのキャンピングカービルダー「ウエストファリア社」が、フォルクスワーゲンとコラボして作ったキャンピングカーなんです。いわば本家公認、純正カスタムといった感じですね。
中島:このタイプ2は、ウエストファリア社と初めて提携したキャンパー仕様モデルです。なかなか市場に出ないクルマなのですが、ぼくはどうしてもこれを手に入れたくて、探すのに苦労しました(笑)。
塗装にリプロ品、「当時のまま」を再現するカスタム
歴史とこだわりを感じるクルマですね。ではさっそく、カスタムについて教えてください!
中島:ぼくが施したカスタムのコンセプトは「ワーゲンバスの良さを生かす」ということ。なるべく余計なことはせず、本来のワーゲンバスらしさをいかに見せられるかを大切にしました。
中島:たとえばボディは、ワーゲンバスのオリジナルカラーである「シーガルグレー」と「マンゴーグリーン」という2色で塗装し直しています。
中島:タイヤは「バイアスタイヤ」と呼ばれるもの。かつて空気入りタイヤが普及し始めた頃に採用されていた、クラシカルな構造です。ちょっと細いのがわかりますか?
今はより高性能で経済的な「ラジアルタイヤ」が一般的で、乗用車でバイアスタイヤを使うことはほとんどありません。でも、ぼくは当時のワーゲンバスに使われていたバイアスタイヤの、やわらかな乗り心地が気に入っています。
中島:車内はこんな感じです。キャンピングカーなので、ソファやキャビネットなどの家具がもとから設置されています。
ただ、なにしろ古いクルマなので、すべての設備をそのまま使えたわけではありません。購入した後、まずはいったん中を全部取り外して空っぽにしました。使えそうな部分だけを残し、痛んだり欠損したりしている部分は新たにパーツを入手して付け替えました。
中島:リアシートのカバーは、最近ぼろぼろになってきたので自分で張り替えました。黄色と黒のチェック生地は、ワーゲンバスに最初からあったのと同じ配色のもの。ワーゲンバスの愛好家が制作したリプロダクト(復刻品)です。見た目はただの布ですが、このためだけに特別に少量生産したものなので、意外と値段がとても高い(笑)。
中島:貝のような形状の「クラムシェル」というライトは、当時のものを使っています。スイッチだけはもとあったのと同じパーツを取り寄せました。こういった小物を探すときは、海外のネットオークションサイト「eBay(イーベイ)」を利用しています。
中島:このライトだけだと少し暗かったので、間接照明としてLEDライトをサイドに設置しました。アルミを削り出したものと一緒にとりつけています。
また、窓につけたカーテンは妻のお母さんが手作りしてくれた品。ヴィンテージ生地ではないものの、色合いは当時の雰囲気に近づけてもらっています。
中島:寝るときには、テーブルを下ろしてシートのクッションを動かすと、簡単にベッドモードに。家族4人でキャンプに出かけるときは、妻と娘が車内を使って、ぼくと息子の男2人は外で寝るのが定番です(笑)。
中島:シートを開けると、大きな収納スペース。ここは給水タンクとガスコンロがあった場所ですが、今は燃焼ヒーターを置いて温風を出すのに使っています。
中島:脇のキャビネットは収納ができるだけでなく、扉を開いてミニテーブルとしても。
中島:ちなみに、この毛糸のガス缶カバーは、インスタグラムのフォロワーさんが作ってくれたもの。ぼくが焼いたパンと交換させてもらいました(笑)。
中島:キャビネットはクルマの後ろの両側にもあります。なんとも言えないこの扉の丸みは、単純に機能性だけを考えたら無駄があるデザインかもしれません。でもそこに、レトロな良さを感じるんですよね。
中島:ネットをつけて、天井収納も。ここには愛犬ゆずの遊び道具を入れています。
収納スペースが多いので、全部合わせるとかなりの量の荷物を積むことができます。食材やコーヒーセット、道具入れ、衣服など、カテゴリーごとに棚を分けて入れています。
ルーフテントで車上泊! クラシックカーのメリット、デメリットとは?
続いては、中島さんが普段どんな風にキャンプしているかを見せていただきつつ、お話を伺っていきたいと思います。
中島:じゃあ、ルーフテントを開いていきますね!
これは1950~60年代のフォルクスワーゲン・タイプ1(ビートル)のオプションパーツであった「クールテント」の復刻品です。クルマの天井にテントを載せるというアイデアは、当時は非常に画期的なものでした。これは日本のワーゲンショップである「FLAT4(フラットフォー)」が制作しています。
「製造当時を再現する」というカスタムの視点は、レトロなクルマならではですね。ところで、60年近くも前に作られたクルマに乗っていて、不便なことはありませんか?
中島:ないと言ったら嘘になります(笑)。たとえば購入後まもなくして、エンジンが動かなくなりました。修理に持って行ったところ、オーバーホールすらできない状態だとわかり、エンジンを丸ごと取り替えることに。このクルマのエンジンはこれで3代目になるそうです。
中島:クラシックカーで気をつけなければならないのは、どこかが故障してしまったとき。小さなパーツでも1つ1つが特殊な取り寄せ品だったりするので、ワーゲンを専門に扱う店でなければまずいじれません。だから出先でトラブルがあったりすると、あわてて近くの修理屋さんに行ってもお手上げなんです。
以前、家族でキャンプに行った帰り道にクルマが動かなくなったことがあり、そのときは仕方なく全員電車で帰りました。今では笑い話ですけど、あのときは大変でしたね。
安全性を守るために、対策はどうされているのですか?
中島:日々のメンテナンスは必要不可欠です。信頼できる店を見つけて、普段からクルマのコンディションを整えておくのはもちろんのこと、ぼくの場合はエンジンオイルやベルトなどをつねに車内に積んでいて、ある程度は自分で対応できるようにしています。
中島:あと大切なのは、いざというときに助けてくれる仲間を見つけておくこと。
このクルマに乗るようになってから、国内のワーゲンバスオーナーのコミュニティ「Volkswagen Campmobile CLUB(フォルクスワーゲン キャンプモービル クラブ)」に所属しました。ああいうクラブはなんとなくハードルが高いイメージがあって、最初は自分がついていけるのか不安でした。でもいざ集まりに行ってみたら、みんないい人ばかりで。
中島:結果的には、そこでたくさんの仲間ができました。メンテナンスの上手な専門店の情報を教え合ったり、ときには希少なアイテムを譲ってもらったり……。このルーフテントも、クラブの仲間が使っていたのを譲り受けました。
一緒にキャンプすることもあるし、故障して立ち往生したときに近くの仲間にヘルプを頼んだことも。いろんな刺激になって、今では貴重な交流の場です。
レトロなクルマに乗ることについて、ご家族は理解されていますか。
中島:それはもう、話し合いですね(笑)。妻はどちらかというと最新のクルマに乗りたいタイプです。
たしかに新しいクルマと比べると、性能の面で大きな差があります。たとえばクーラーがついていないから、真夏の昼間には長時間走れません。また、エンジンの温度が上がりやすく、そんなにスピードを出すこともできない。
我が家のクルマは1台きりなので、街乗りも冠婚葬祭にもこれで出かけます。このクルマをファミリーカーとして選んでいいのか、購入前に妻と何度も話し合って理解してもらいました。
中島:でも、考え方によっては、これらのデメリットはいいことにもなり得ます。真夏の昼間に走れないなら、早起きして明け方に出発すればいい。日が高くなる前に現地に到着するので、1日をたっぷり使えます。
それに早く走れないから、焦る必要がなくなりました。今では周りのクルマに道を譲るのが当たり前。なんだかこのクルマのおかげで、生き方も変わったように感じます。
大変なこともありながら、それでもこのクルマに乗り続けるのはどうしてでしょうか。
中島: やっぱりね、大好きなんですよ(笑)。好きなものに囲まれていたいんです。
古いものってストーリーがあるじゃないですか。このクルマも日本に来る前までは、ずっとアメリカの道を走っていました。誰がどんな風に乗っていたか、記録に残っていないからわからないけど、そういうのを想像するだけでワクワクします。
中島:それに、古いクルマは構造がとてもシンプルだから、ちゃんと手入れさえしてあげればずっと長持ちします 。手入れというのは、たとえば車内に雨水が入り込んだら、風を通してしっかり水分を乾かすこと。そうでないとすぐにさびたり傷んだりしてしまいますから。
めんどうだと思う人もいるかもしれないけれど、そういう作業を通して、もっと愛着が湧いてきます。
中島: 不便なことはたくさんあっても、それを含めて全部楽しめる。そんな魅力がある、かわいいクルマだなと思います。
プロ顔負けのパンとデザートで、とっておきの食卓に!
キャンプやドライブに来たとき、お食事はどのようにされているのですか。
中島:ゆずと出かけるときは、大体長野方面が多いです。雰囲気のいいパン屋さんや喫茶店に目星をつけて、朝一番で焼きたてのパンとコーヒーを買ってみたり。持ち帰ってクルマの中で食べることもありますね。
中島:今日は「アップルクランブル」を焼いて持ってきました。リンゴのしゃきしゃき感と、クランブル(小麦粉、砂糖、バターを混ぜてそぼろ状にしたもの)のざくざくした食感がおいしい、イギリス発祥の焼き菓子です。
すごくおいしそうです! 中島さんは手作りパンやデザートのすてきな写真をインスタグラムにアップされていますよね。
中島:キャンプをやり始めたとき、その場でみんなにふるまえるものを作りたいと思いました。最初はダッチオーブンを使ってキャンプ場でパンを焼いていましたが、だんだん凝ったものに挑戦したくなり、前日から準備をして自宅で焼いていくスタイルに。
その写真をインスタグラムに投稿するようになったのは、10年ほど前からです。おかげでキャンプやクルマつながりの知り合いが増えました。人から反応をいただくことで、「次はこんなものを作ってみよう」と探究心が生まれるのでありがたいですね。
お料理の腕だけでなく、テーブルコーディネートもすごくおしゃれで、カフェにいるかのようです。プロとしてお仕事なさっているわけではないのですよね?
中島:本職はまったく関係のない仕事です。でもキャンプサイトで設営をしていると、カフェ店員に見えるのか「何時からオープンですか?」と聞かれることがよくあります(笑)。
ぼく自身は、クルマもキャンプも料理も、こうやってヴィンテージアイテムを揃えて空間をつくることも大好きです。これで人に喜んでいただけるなら、いつかそういう仕事にも挑戦してみたいですね
中島さんにとって、クルマとはどんな存在ですか?
中島:1/1スケールのおもちゃ、ですね! クルマはプラモみたいなもの。幼い頃からとにかくクルマが好きで、自分の人生から切っても切り離せない存在なんです。
クルマに乗ることで、日常から離れていろんなことがリセットできる。これは自分にとってすごく必要なこと。心から楽しめることを、ずっとやっていきたいなと思います。
取材・文/小村 トリコ
写真/木村 琢也
撮影協力/長瀞オートキャンプ場
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