必要なものだけをVANに詰め込んで、クルマをオフィスや家とし、旅をしながら生活する。そんな「VAN LIFE(バンライフ)」と呼ばれるライフスタイルを実践している人たちがいます。
▼過去のVAN LIFE記事
車中泊の進化系! クルマ×暮らしの次世代スタイル 「VAN LIFE」って何だ?
渡鳥ジョニーさんとはる奈さんは、愛車に乗って東京から横浜、そして長野県の森の中と、次々と拠点を増やしながら生活する「バンライファー」。
渡鳥夫妻が提唱するのは、VANとLDK(Living, Dining & Kitchen)を組み合わせた「VLDK(バン・エルディーケー)」というシェアリングサービスを活用した新しい居住空間。
多拠点生活を快適なものにするために、日々どんな工夫をしているのでしょうか。お2人のVAN LIFEについて話を聞きました!
- 渡鳥 ジョニー(わたりどり じょにー)さん
- ハイパー車上クリエーター/LESSMORE Inc.。新卒で外資系の広告代理店に入り、Webエンジニアリングとデザインを担当。2007年からフリーランスとなり、Googleのキャンペーンボーイとして全国各地をまわる。2010年から「暮らしかた冒険家」として新しい暮らし方を模索。震災後に熊本へ移住した後、2014年に「札幌国際芸術祭」への出展を機に札幌へ転居。現在はベンツをマイホームとして、はる奈さんと2人でVAN LIFEを満喫している。
https://vldk.life
Twitter @jon_megane
- 奥 はる奈(おく はるな)さん
- 防災コンサルタント/フードデザイナー。防災・リスク管理の専門家として会社に勤めるかたわら、「Banana Kitchen」の屋号でフードデザイナーとしても活躍。18歳からバックパッカーの旅を続け、30歳の頃には南米を自転車でキャンプしながら移動するなど、豊富な海外経験を持つ。29歳のときにイギリス・ロンドン大学に留学し、危機管理の修士課程を修了。現在はフリーランスとして、防災とフードの仕事をリモートで行う。
https://van-a-table.life
Instagram @bananakitchen
VAN LIFEで実現した、都会の真ん中での自分らしい暮らし方
ジョニーさんがVAN LIFEを始めた理由は何だったんですか?
ジョニー:離婚をきっかけに、去年2018年に東京に戻ってきたのが始まりです。それまで住んでいた札幌では、一軒家もクルマも畑もいろんなものがあったんですが、全部さっぱりなくなって。自分が本当に必要な荷物だけをまとめたら、スーツケース2個分くらいに収まってしまいました。
ほぼ10年ぶりの東京では、ぼくが苦手だった満員電車は相変わらずあるし、生活コストがものすごく高い。地方でしていたような暮らしを東京で再現しようとすると、途方もないお金がかかります。それを稼ぐためにどれだけ身を粉にして働かなければならないのか。振り出しに戻る感じがして、不毛だと感じました。
もちろん、いい変化もありました。10年前と比べると、シェアリングサービスやWi-Fi、テザリングの普及が進み、場所を選ばずにどこでも働ける環境が整っていたのです。そこで、荷物も少ないわけだし「移動可能な小屋に住めばいいのでは!」と思いついて、友人に相談したところ、いまのクルマを紹介してもらいました。車内で立って歩き回れることと、カクカクした外観がポイントでしたね。
家ではなく、あえてクルマに住もうと思われたのはなぜでしょうか?
ジョニー:生活費の中で大きな割合を占めるのは、住居にかかるコストです。それを減らすことができれば、その分だけ自分の時間やお金を好きなことに使えます。
10年近く前に「モバイルハウス」という考え方に触れたことも影響しています(参考:坂口恭平著『モバイルハウス 三万円で家をつくる』)。住居のような不動産であっても車輪がついて移動できる状態、つまり「可動産」になれば固定資産税もかからないという発想の転換が新鮮でした。
クルマに住むといっても、「節約のための車中泊」になるのは嫌でした。40歳手前の離婚したおじさんが、1人で車中泊していたらさみしく見えるかもしれないじゃないですか(笑)。だったらむしろ、「こういう暮らしをすれば、生活がもっと豊かになるかもしれない」というのを実験的に試してみたかった。海外のVAN LIFEムーブメントはもともと気になっていたので、そういった「自分らしい空間」をクルマの中に持ち込もうと考えました。
それで「都市型VAN LIFE」が誕生したのですね!
ジョニー:VAN LIFEというと大自然の中を旅しているイメージを抱くと思いますが、実は都会こそ向いているんじゃないかと確信して。どうせやるんなら「日本のど真ん中“永田町”でホームレス、マイホームはベンツです」と言ったら面白いと思ったんです。
まずは、「所有する」ことを徹底的にやめました。東京は便利なので、生活に必要なものすべてをクルマに積まなくてもいいんです。たとえばお風呂はジムでよい。ジェットバスやサウナを所有するのは現実的ではないけど、シェアならリーズナブルに利用できる。トイレだって、自分だけの“お気に入りトイレ”を所有する意味はありませんよね。何かを持つと、購入コストだけでなく管理するコストもかかる。ぼくにとって大事なのは、コーヒーグッズ、スピーカー、寝心地の良いベッド、だけ。これら以外はシェアでいいんです。
ジョニー:VAN LIFEを始めるにあたって24時間やっていてキッチンのある居心地のよい「シェアオフィス」を探しました。友人のつてで永田町のシェアオフィス「みどり荘」を紹介され、そのみどり荘が入居しているシェアリングエコノミーの実験施設である「Nagatacho GRiD」の駐車場での生活が始まりました。2018年4月のことです。もちろんオフィスへの通勤時間はゼロです。
お仕事はどのようになさっているのですか?
ジョニー:ぼくはフリーランスのWebデザイナーとして、企業サイトやECサイトの構築などを主に行っているので、仕事は基本的にリモートで完結します。日中はシェアオフィスで働いて、出かける時は都内を自転車で移動。合間にジムでワークアウトしてお風呂に入り、クルマに戻って眠ります。このように、寝床と最低限大事なモノだけをVANに積み、LDKはシェアでまかなう「VLDK(バン・エルディーケー)」というコンセプトを1年かけて検証してきて、都市型VAN LIFEは十分できることがわかりました。
現在は次のフェーズに移り、もっとオフグリッド(インフラのない地域でも自律的にエネルギーを産み出したり、循環させたりすること)化をすすめて、大都市でも大自然でも、どこでも暮らしたり働けたりするための実験を始めています。
2人の暮らしでさらに広がったVAN LIFEの楽しみ方
ところで、VAN LIFEをしていたジョニーさんと、はる奈さんの出会いのきっかけは?
はる奈:当時の私は、ブランディングのコンサルタントとして会社で働きながら、副業でフードデザイナーの仕事をしていました。以前からInstagram上で友だちだったのですが、たまたまメッセージを送る機会があったときに、「永田町のシェアオフィスにケータリングをお願いできますか」とジョニーさんから依頼を受けたのが、直接知り合ったきっかけです。
ジョニー:ぼくは料理が好きで、はる奈さんのInstagramの投稿がすごく素敵だったので、いつか彼女の料理を食べてみたいと思っていました。
はる奈:逆に私はジョニーさんの投稿で、畑の新鮮な野菜を使って料理している姿を見てうらやましく思っていました。いつかは田舎に引っ越して、こういう暮らしがしたいなと。
SNSで価値観を共有した上での出会いだったのですね! 女性がVAN LIFEをすることに対して、抵抗はありませんでしたか?
はる奈:まわりからは「大変じゃない?」と心配されるのですが(笑)。職業柄もありますが、首都直下地震といった大規模な自然災害のリスクのある日本で、首都圏に過度に集中している状態は、脆弱だと考えていて。首都圏以外でも、働き、遊べる、暮らしの場所をつくり、冗長化※したいと考えていました。なので、私自身とても自然なこととしてVAN LIFEを受け入れられました。
それに、もともと学生時代からバックパッカーを続けていたので、ハードな環境での寝泊まりや最低限の荷物で移動することには慣れていて。むしろ「VANだとこんなに快適で、荷物もたくさん積めるんだ!」と感動したくらいです(笑)。
VANのリノベーションなどを手伝うようになって、私もフリーランスとして本格的に活動するようになり、ふたりのVAN LIFEがスタートしました。
※冗長化:何らかの事態が発生したときに備え、普段から代替手段を準備しておくこと。
最初は1人で始めたVAN LIFEを2人で行うようになり、苦労されたことはありましたか?
ジョニー:別行動が難しくなるということでしょうか。一方の出張の際に、他方はついていくか、宿を探すか、選択しないといけない。そうしないとまさにホームレスになってしまう...。常に互いの予定を調整しながらは面倒でもありますが、究極的には「1人1台」持てば解決すると思っています(笑)。
あと実はぼく、クルマ好きでもなんでもなく、むしろ運転が嫌いで…(笑)。運転しているとその間、何もできないのが苦痛ですね。だから基本は移動しない、半定住。でも、自動運転の時代になればその苦痛から開放されると思うと、待ち遠しくてたまらないです。
はる奈:女性特有の点としては、トイレの問題がありました。男性よりトイレの回数も多いですし、夜中に目が覚めてトイレに行きたくなったときに、わざわざ外に出ないといけないのは大変で…寝る前の水分は控えるようになりましたね(笑)。
はる奈:私は、女性の中では不便であることへの耐性があるほうだと思いますが、ドライヤーとか、女性だから必要になってくるものも確かにあるので、申し訳なさもあったり(笑)。でも、どちらかが無理をしたら生活が成り立たないので、気になったことはすぐに共有して、解決の方法をふたりで探すようにしています。
ただ、この「VAN LIFEで不便であること」を解決することって、防災の観点でもとっても大事だと思っているんです。VANは動くシェルターになりうる。そのため、VANには、最低1週間分の水、ガス、食料、緊急トイレなどを積んで備えています。ソーラー発電の電気もあるので、照明も充電も冷蔵庫も使えます。
VANでの不便さを、いまのうちからクリアしていけば、いざ自然災害が起こったときでも立ち直りも早かったり、あるいはいつもとあまり変わらないような生活ができます。普通の乗用車であっても、VAN LIFEのノウハウを生かしていくことで、有事に備えることができると思っています。いま、自治体もVAN LIFEに注目しています(例:「つくばVAN泊2019」※)。
※つくばVAN泊2019:茨城県つくば市主催のVAN LIFEや車中泊をテーマとしたイベント。2019年3月に開催。
VAN LIFEのポジティブな面としては、他に何が挙げられるでしょうか?
ジョニー:常に見られているという意識を持つようになって、身だしなみやマナーにより気を使うようになりましたね。ただでさえ目立つクルマなので(笑)。あとは、部屋が狭いので冬場の光熱費が少なくなりました。FFヒーターをガンガン焚いても、灯油が1日1リットルですみます。狭いからこそなせることです。
はる奈:もう1つの大きな変化は、特別な場所でごはんを食べられるようになったこと、でしょうか。
食事はできるだけ一緒にとっていて、クルマの中で食事することもあれば、シェアオフィスで食事することもあります。天気がよければ、森の中にテーブルを出すことも。食べることを大事にし、食卓を生活の真ん中に据えたいという気持ちは2人とも同じ。日常のなんてことのない食事でも、その場所が森の中であったり湖の目の前であったりするだけで、特別なものになります。そんな時間を持てることは本当に贅沢で、大げさですが食事ごとにちゃんと祝福できている気持ちになります。
それが、2人のプロジェクトである“Van à Table(バン・アターブル)”に繋がっています。地元の食材を使った料理を作って、絶景で食べる。私たちが食べるものが、どんな風に育てられたのか、そのストーリーも含めて、美味しいと感じるシーンを作っています。
ジョニー:そうやって日本中、世界中の「名もなき絶景」を巡っていきたいですね。VAN LIFEをするにあたっては、2人の歩調を合わせていくことが不可欠です。1人から2人なったことで、工夫も必要ですが、楽しめることの幅が大きく広がりました。
都会でも田舎でも、クルマがあれば好きな場所にそのまま行ける
今年2019年の夏からは、長野の八ヶ岳エリアに拠点を移されていますね。これはどうしてですか?
ジョニー:いまのクルマにはエアコンがないので、夏を過ごすのがきつくて。涼しい場所のシェアオフィスを探していたところ、長野県の富士見町にある「富士見 森のオフィス」を紹介してもらいました。
はる奈:2人とも自然が好きで、さらには美味しい食材も豊富なので、住むにはぴったりの土地です。シェアオフィスを活用したり、森の中などお気に入りのスポットで仕事をすることも。クルマがあればどこでも拠点になります。
ジョニー:地方に来たもう1つの理由としては、新しい事業の展開です。ぼくたち2人がいれば、フード、スタイリング、グラフィックとWebのデザインまで、ワンストップでコンテンツを制作することが可能です。2人の強みを生かしたチームとして、地方を移動しながらその土地のPRをしていくことができればと考えています。
現在の長野県富士見町はまさにその一歩です。富士見町では多拠点生活での移住促進をしていて、ぼくらもそのPR活動を手伝っています。たとえば地元の農家や企業、レストランの人たちをつなぐコミュニティをつくったり、イベントを企画したり、そんなことを仕掛けていきたいですね。VAN LIFEを楽しめる場所づくりもしていきたい!
拠点を移したことで、新たな可能性にチャレンジされているのですね。お2人にとって、VAN LIFEの魅力とは何でしょうか?
はる奈:「移動によって刺激を受ける」という点、また「その土地の風土を感じられる」ということでしょうか。たとえば長野県富士見町は標高が高く寒暖差のある場所で、アルプス山脈に囲まれたきれいな水があります。ここではレタスなどの高原野菜、風土も近しい西洋野菜、例えばルバーブやビーツが本当においしいんです。
風土はその土地の文化をつくっていくので、土地のことをより深く理解できるようになります。いろんな場所を訪れ、暮らすことで、その土地を深くまで知れるのは大きな魅力です。家を持つと引っ越しが大変ですが、VANなら何も気にせずに移動できるのが大きなメリットです。
ジョニー:ぼくは移動するたびに新しい人に出会えて、知り合いが増えていくのがとても楽しいですね。その繰り返しによってこれまでの人生を切り拓いてきたし、これからもそうであると思います。ぼくたちのVANもさまざまな人の手を借りてつくることができましたし、VAN LIFEもそうした人々の理解や協力で成り立っています。本当に感謝しています。
そしてぼくたちは、こうしたVAN LIFEが特殊なことではなく、誰でも選択できるような環境をつくっていきたいし、VAN LIFEが文化として根づいてほしいと思っています。
はる奈:どこへでも行けて、どこででも仕事ができて。いままでなら「あきらめていたような場所」で、いわば「ありえない暮らし」が日常になる。VAN LIFEならそれが可能です。将来的には、女性でも子どもでも家族でも、どんな人でもできるVAN LIFEの形をつくっていきたい。なにも、暮らしをすべてVANだけで終える必要はもちろんないですし、週末だけのVAN LIFE、なんてのもいいですよね。
ジョニー:最近はキャンピングカーが人気でぼくもショーなど見に行ったりしますが、ぼくが欲しいと思えるようなクルマは1台もありませんでした。クルマというよりは「動く部屋」なんです、欲しいのは。ないものは自分でつくってしまえばいい。住処もライフスタイルも、手探りしながらDIYの日々です。
これからやってくる自動運転の時代には「移動する」と「暮らす」の境い目がなくなってくるのではと思っています。その中で、移動しながら暮らすVAN LIFEにはどんな可能性があるのか、どんなものが必要になるのか。
たとえば電気、水、トイレなど、オフグリッドの技術がどんどん進化しているので、ぼくたちが実験台としてそういうものを試していければ。
はる奈:「暮らす」の中の「働く」「遊ぶ」もどんどん曖昧に、混ざるというよりも、ヘイジー(かすみがかった)になっていくのかなって。そんな時代に、私たちは手探りしながら、創造することを愉しんでいきたいですね。
※ この記事の内容は、記事公開時時点での情報です。
文/小村 トリコ
写真/奥 はる奈・渡鳥 ジョニー
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