必要なものだけをクルマに詰め込んで、自由気ままな旅に出る「VAN LIFE(バンライフ)」。それを実践するバンライファーたちは、限られた空間と物資の中で快適な生活ができるように、日々工夫をこらしています。
そのノウハウは意外にも、台風や地震などの災害が起こったときに役立つのだとか。
今回お話を聞いたのは、救急救命士の小澤 貴裕さん。愛車はHondaの「フリードスパイク ハイブリッド」です。ペットのロノくんと暮らす小澤さんのVAN LIFEと、救急救命士の立場から見た車中泊を安全に行うためのポイントをご紹介します!
- 小澤 貴裕(おざわ たかひろ)さん
- 救急救命士として、千葉県富津市の救急隊と消防隊で10年間活動した後、救急救命士を養成する専門学校で専任教員を8年間務める。現在は非営利型一般社団法人FastAid(ファストエイド)共同代表理事、Coaido株式会社COO、株式会社ダイヤサービス顧問などを兼任。FastAidでは東京都豊島区・神奈川県などと連携してペットボトルを使用した心肺蘇生訓練「CPRトレーニングボトル」を普及する活動を、Coaidoでは救命アプリ「Coaido119」の改良や連携事業開発を担当、ドローンのパイロットも務める。相棒のロノくん(犬種:ウィペット)は今年で16歳。
Twitter @oz_takahiro
目次
始まりは好奇心「旅が終わっても家に帰らなかったら? 」
救急救命士の方がVAN LIFEをされるというのは珍しいですね。きっかけは何だったんですか?
小澤:本格的にクルマで寝泊まりするようになったのは、2018年2月ごろからです。
当時は自宅のある千葉の富津市から、都内の職場までクルマで通っていました。通勤時間が長いこともあって、寝る暇もないくらい、とにかく忙しかった。たまに職場近くのネットカフェに泊まったりもしていたんですが、ネットカフェってそもそも寝るための場所じゃないし、体が全然休まらなくて……。リーズナブルに安眠できるところがあればいいなと思っていました。
小澤:そんなとき、2匹いた愛犬のうちの1匹が亡くなったんです。傷心旅行をかねて、クルマに布団を積み込んで、残ったロノと一緒に2泊3日で大雪の山形へ出かけました。すごい悪天候の中でもクルマで寝てみたら、「あれっ、意外と快適だ!」と。
ちょうどその頃、同じフリードで車中泊しているYoutuber「らんたいむ」さんの動画を見ていたので、クルマで暮らすという概念はなんとなく知っていました。「このまま家に帰らなかったら、自分はどうなるんだろう?」と興味が出てきて、試しに東北の旅から直接、職場へ行ってみました。移動する時間、宿泊などのコストを圧縮できて、業務の効率も上がることに気がつきました。通勤そのものを無くしてしまうという考え方(アドレスホッパー)です。そのうち、気がついたらVAN LIFEになっていたんです(笑)。
では、現在は完全に車上生活を?
小澤:今も自宅は千葉にあって、週末には戻っています。平日の夜は都内のキャンプサイトやパーキングスペースなどに駐車して、車中泊をしています。お風呂は近くの銭湯を楽しんでますね。
仕事モードも、くつろぎモードも。VAN LIFEでクルマが快適空間に
なんだかハードそうですが、体力面や仕事面など、問題ないのでしょうか。
小澤:もともとキャンプや釣り、マウンテンバイクなどのアウトドアが大好きなので、家の外で生活することに抵抗はありません。むしろ、VAN LIFEのおかげでいろんなことが以前よりも楽になったと感じています。
今では、クルマは私にとって「コックピット」のような感じです。インターネットは使えるし、電源もあります。寝泊まりはもちろん、リモートオフィスとしても快適な環境です。こうして車内を作り込むことで、仕事がもっとやりやすくなりました。
たとえば遠方での打ち合わせで、渋滞にはまって間に合わなそうなときは、クルマを近くに停めてテレビ電話で会議に参加します。移動に焦ることもなく、気軽にどこでも仕事モードに入れるんです。
Hondaのフリードスパイクを選ばれた理由は何ですか?
小澤:その前に乗っていたのが、Hondaの「フィットシャトル ハイブリッド」でした。2017年に高速道路の渋滞最後尾で、後ろから80km/h以上の速度で突っ込まれて、フィットシャトルは大破。私自身は救命センターに搬送され全身チェックを受けたもののなんと無傷。そのまま電車で職場に向かいました。重要な仕事を控えていたので、Hondaの衝突安全設計にとても感謝し、次も同じHondaのハイブリッド車に乗りたいと思って探していたところ、成田のHonda認定中古車店で、このフリードスパイク ハイブリッドに出会いました。
フリードスパイクは、収納が多くて荷物がたくさん積めるし、座席を倒すとフルフラットになるのもすごくいい。一般的な商用バンよりコンパクトだから街乗りにもいいし、VAN LIFEに適したクルマだと思いますね。私が車中泊のことを知るきっかけになった車中泊Youtuber「らんたいむ」さんの愛車もフリードスパイクです。
ペットと一緒にクルマで暮らすための工夫
ワンちゃんとの暮らしについてはいかがでしょうか?
小澤:VAN LIFEを始めてから、犬と過ごせる時間がぐんと増えました。以前は家でずっと留守番させていたんですが、今はクルマで一緒に寝起きしています。
私が事務所で仕事をしている日中、ロノはクルマの中で昼寝したりして待っています。駐車場は地下にあるため、夏でもそんなに車内の気温は上がりません。また、寝具は簡単に丸洗いできるものを使って、つねに清潔な状態を保っています。
小澤:加えて、いつ災害が発生しても問題がないように、ロノのエサは2週間分くらいを車内に常備しています。いわゆる「ローリングストック」※の考え方です。
※ローリングストック:食べ物など日常的に消費するものをあえて多めに準備して、使った分だけ新しく買い足していくことで、つねに一定量を備蓄する防災ノウハウ。備蓄品の鮮度を保ちながら、非常時にも普段と変わらない食生活を送ることができる。
車中泊で絶対に気をつけたい2つのこと
救急救命士である小澤さんの視点から、車中泊で気をつけるべきことを教えてください!
小澤:車内で絶対に気をつけてほしいことが2つあります。「十分な水分の補給」と「足を伸ばして寝るスペースを確保すること」です。
というのも、これはいわゆる「エコノミークラス症候群」(「ロングフライト症候群」とも)、病名では「肺塞栓(はいそくせん)症」を防ぐために必要なことなんです。
この疾患は、長時間座ったまま同じ姿勢でほとんど動かないときに起こり、水分不足だとさらに起こりやすくなります。下肢の血流が悪くなり、血栓(血のかたまり)ができるというもの。立ち上がった拍子にこの血栓が肺の血管を詰まらせて、最悪の場合は死に至ります。
小澤:だから車中泊をするときは、運転席で座ったまま眠るのはもちろんNGですし、足が下がった状態や、寝返りがうてないような狭い場所で丸まって寝るのも発症リスクが上がります。
荷物をルーフボックスや棚の上の収納ボックス、天井付近のネットなどに整理して、最低でも自分の身長分だけは、直線的なスペースを確保するようにしてください。血栓は短時間でもできることがあります。
災害時はトイレを控えるために水分を取らない人がいますが、水分を取らないと血液の粘稠度(粘り具合)が高くなり危険です。普段の車中泊でも、トイレのある場所に駐車して、水分を十分に確保してください。
ちょっと休憩のつもりが、座ったままうっかり寝てしまうことって、VAN LIFE以外でもありそうですよね。
小澤:そうなんです。これは車中泊に限った話ではありません。
最近では特に、「災害時の被災地周辺」で肺塞栓症(エコノミークラス症候群)がよく起こっていると、大きく問題視されています。たとえばペットを連れた人たちだと、なかなか避難所に入ることができず、クルマの中で長時間待機することもあります。また災害発生直後は、水分や食事が満足にとれないケースも多く、かなり危ない状態です。
ですが、普段から車中泊に慣れておくことで、この危険を避けられる可能性が高まると私は考えています。車中泊の環境と、災害時の環境は、ある意味で似ている部分があるからです。
防災の観点からのVAN LIFEの魅力ということですね。
小澤:たとえば、今年は台風15号と19号という大きな台風が来て、私が住んでいる千葉の君津市も送電鉄塔が倒れたり、家屋が損壊したりと、深刻な被害を受けました。
台風15号のとき、初めは自宅にいたんですが、屋根瓦がガラガラと剥がれるのを聞いて、避難したほうがいいと判断。ただ、夜中に移動するのは危険なため、朝まで待ちました。停電は復旧の見込みがなく、周辺は被災地と化していました。それでロノとクルマに乗って県外へ避難しました。
台風19号では、気象予測を確認しながら避難し、最終的には岐阜まで移動しました。その後、長野県などの被災状況を確認しがら東京へ戻ったんですが、台風を避けてあらかじめ移動しておくことで、いつも通りのVAN LIFEで仕事ができていました。
小澤:これは「遠隔避難」という考え方です。大きな災害がくるとわかっているときは、そこから逃げてしまえばいい。残ることで被災のリスクが高まり、さらには被災者を救助するために、消防職員も二次災害のリスクにさらされます。何より優先すべきは人の命なので、台風のような予測可能な災害の場合は、発災前にあらかじめリスクに低い地区に逃げておくことは最善の行動と考えられます。
でも、地震などの災害は突然起こります。いざというときに「今すぐ逃げよう」と行動を起こすには、普段から備えておくことです。VAN LIFEなら、生活に必要なものが常に車内にあるので、いつでも動けます。
小澤:VAN LIFEをすることで、忙しい中でもゆったりと落ち着くことができたり、ロノと一緒に過ごす時間が増えたりと、「楽しいからやっている」という面はもちろんあります。
ですがそれ以上に、私にとってVAN LIFEは極めて「実用的」なものなんです。この生活で得た知識や経験は、非常時にもきっと役立つと言えますね。
文/小村 トリコ
写真/木村 琢也
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